この夏、株式市場は低調な商いの中、日経平均株価が1万5000円台半ばを確保し、そこそこ堅調に推移した。「熱気なき株高」(2014年8月22日の日経新聞)といった見出しが新聞にもたびたび見られた。
夏相場の背景を探ると、株高による好況感演出を生命線とする安倍政権のPKO(株価維持作戦)への誘惑が垣間見える。
GPIF資産配分の見直しを先取り
安倍晋三首相肝いりの新しい成長戦略(6月)は、法人税減税や混合診療拡大などの規制緩和を中心に、株価を意識した政策がちりばめられた。その中でも直接的に株価引き上げにつながるものとして注目されたのが、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の資産配分の見直しだった。
GPIFは年金の積立金約130兆円を運用する世界最大の投資家で、現在は約6割が国債を中心とする国内債券投資、残りは国内株式、海外の債券、株式で運用している。このうち国内株式は12%を基本にしており、3月末の比率は16.47%。かなりオーバーしているのは株価が過去1年で上昇して株式の評価額が上がったのに加え、3月に2500億円の国内株式を買い増したのが主因とされる。ただし、上下6%の「かい離幅」が認められているので、6~18%の間なら問題はない。
それにしても18%の上限に近づいているのは、株式組み入れ比率の引き上げを見越してのこととされる。見直し時期は年末という当初方針から、安倍首相の指示で9月に前倒しされた。具体的数字は未定だが、「20%を軸に調整している」(市場筋)との見方が一般的。仮にそうなれば、かい離幅を考えると最大26%まで可能になる計算で、1%で1.3兆円、3月末より最大12兆円も株を買い増せる計算になる。
実際、GPIFの見直しを先取りするような動きが伝えられる。市場関係者の注目を集めたのは、昨年は1年間で約4兆円も売り越した信託銀行が、一転、今年1~8月は累計1兆円も買い越したこと。信託銀の売買は各種年金基金の委託がほとんどで、「GPIFの株買い増しをにらみ、他の公的年金資金が先回りして買った」(市場関係者)とささやかれる。
「見えざる手」が動いたという指摘
もう一つ、この夏の異変とみられるのが円相場。ウクライナや中東の「地政学リスク」が晴れず、こんな場合、近年は「安全資産=円」を買う動きが強まることが多い。ところが、8月には7か月ぶりに1ドル=104円台半ばの円安水準を記録するなど円安基調で推移している。もちろん、米国の景気回復で量的緩和政策の早期解除の可能性の高まり、米国の金利上昇による日米金利差の拡大を見越してドルが買われやすい地合いはあるが、「米国の量的緩和の終了が早くて10月、利上げはまだ先の話で、これだけで今の円安は説明しきれない」(金融筋)。
ではなぜ円安が進んだのか。理由の一つとして市場でささやかれているのが「見えざる手」。ある市場関係者は「8月20日前後、円高に傾くたびに断続的に円売りが出た」と指摘する。
その「手」とは、ゆうちょ銀行と、かんぽ生命のこと。ゆうちょ銀の外債を中心とする「その他の有価証券」の残高は6月末で約25兆円と、1年前から6.8兆円増え、かんぽ生命も外債・外国株の運用残高が約1兆6000億円と、1年で7000億円増えている。国内低金利の中、ゆうちょ銀、かんぽ生命とも外債投資を積み増す可能性が高いという。
さらに、GPIFの投資見直しには、国内株だけでなく海外投資の拡大も含まれる。市場では「秋以降、ファンド勢がGPIFの動向を材料に円安を仕掛ければ、年内に110円台まで円安が進む可能性もある」(大手証券)との声もある。円安は株価を下支えする材料になる。
ただ、こうした公的資金をいかに動員しようと、肝心の景気自体が失速すれば、株価も落ち込む。4月の消費税増税前の駆け込み需要からの4月以降の反動減が、夏以降、持ち直すのかどうか。政府は「反動減は想定の範囲内」(内閣府)と繰り返すが、民間では慎重な見方が増えている。
特に年末には消費税率を2015年10月に10%に上げるかの判断時期を迎える。景気が落ち込んで株価が下がれば増税反対論が勢いを増すのは必至。もし増税を先送りすれば財政再建に疑問符が付き、「失望した外国人が日本の株や国債売り、つまり『日本売り』に走る可能性がある」(準大手証券)。
「景気動向が思わしくないほど、公的資金によるPKO頼みが強まる」(金融筋)とのささやきも、あながち穿ちすぎとも言えないようだ。