2014年8月10日に行われた東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)閣僚会議では、ASEAN加盟国に加えて日本や米国、中国から外相が参加し、北朝鮮のリ・スヨン外相も本格的に外交デビューを果たした。
北朝鮮首脳部の名前や経歴、動静はベールに包まれているケースが多く、しばしば未確認情報が飛び交うが、毎日新聞は13年12月、この「リ・スヨン」氏について「処刑されていた」と報じていた。しかし今回のARFの記事では、それが誤報だったことを事実上認め、続報の形でひっそりと軌道修正した。
処刑が「指導部に近い複数の関係者の話で分かった」と報じていた
毎日新聞は13年12月11日の朝刊1面で「正日氏金庫番も処刑」という見出しの記事を掲載した。記事は、張成沢(チャン・ソンテク)元国防副委員長の粛清に関連して、張氏に近い人物が処刑されたことを断定的に伝える内容だ。処刑されたと伝えられたのが、「リ・スヨン」氏だ。
「張氏に近く、かつて金正日総書記の金庫番を担当していたリ・スヨン朝鮮労働党副部長が処刑されていたことが10日、指導部に近い複数の関係者の話で分かった」
この記事では、リ氏について
「1988年に駐スイス大使に任命され、金第1書記のスイス留学中に生活の後見役を務めた人物」
とも報じていた。だが、国営朝鮮中央通信は14年4月になって、「リ・スヨン」氏が外相に就任したことを報じている。仮に外相と駐スイス大使を務めた人が同一人物だとすれば、処刑は誤報だったことになる。
この段階では、毎日新聞はJ-CASTの取材に対し、
「朝鮮中央通信による4月9日の発表は『リスヨン』氏が外相に就任したというだけで、経歴には触れず、顔写真も公表していません。現段階では、外相に就任した『リスヨン』氏が、かつてスイス大使を務めたリスヨン氏と同一人物かどうかの確認はできていません。今後も確認作業を続けます」
と説明していた。
「張氏に近い人物とみられ、処刑されたとの情報もあった」??
それから4か月後に行われたARFでは、リ外相は精力的に外交を展開した。朝鮮中央通信が報じただけでも、8月5日にはラオス、6日にはベトナムの外相と会談。ミャンマー入りしてからは9日にマレーシア、インドネシア、スリランカ、カナダ、ブルネイ、カンボジア、モンゴル、ロシアの外相や外務次官と相次いで会談している。10日には「日本の外相に会って談話を交わした」という言及もある。リ外相のメディア露出も増え、毎日新聞もウェブサイトにリ外相の写真を掲載した。
毎日新聞の「確認作業」の結果として掲載されたとみられるのが、8月8日に「日朝外相の接触焦点」と題した記事。前出の日朝外相の「談話」を予告する内容だが、記事ではリ外相について、韓国統一省の資料を引用する形で
「『リ・チョル』の別名を持ち、1980年にスイスのジュネーブ代表部公使に任命されたほか、2010年まで駐スイス大使を務めた」
と報じている。外相とスイス大使は同一人物だったということがわかる。記事では、リ外相の経歴の説明は、こう続いている。
「その後、昨年(編注:2013年)12月に処刑された張成沢(チャン・ソンテク)元国防副委員長の主導で組織された合弁投資委員会委員長に就任し、外資誘致を担当していた。張氏に近い人物とみられ、処刑されたとの情報もあった」
記事では、「処刑されたとの情報」を報じたのが毎日新聞だという点には触れられていない。新聞業界では誤報に対して明示的に訂正記事を出すことを嫌う傾向があり、続報を出して事実上の訂正を行うことは珍しくない。今回もその典型だ。