右腕手術か、と心配されたヤンキースの田中将大が2014年8月4日、キャッチボールを再開し、とりあえず最悪の事態を回避した。
9月に復帰できれば、苦戦中の名門チームの救世主となることも可能だ。自らの新人王にも望みが出てきた。
マーくんの右ひじ、メス入れず復活
ボールを握ったのはおよそ4週間ぶり。ヤンキースタジアムで首脳陣の見守るなか、5メートルの距離から投げ始めた。徐々に距離を伸ばし、バッテリー間をしのぐ20メートルを投げた。
「ヒジが大丈夫だったので投げた。恐怖心はなかった」
田中は久しぶりの笑顔を見せながら語り、さすがにホッとした表情を見せた。
右ヒジの違和感を訴えたのは7月8日、インディアンス戦に投げた後。ニューヨークに戻り検査を受け、さらにシアトルに移動して精密検査。その結果、翌9日付けで故障者リストに入った。
「手術もありうる」
球団の見通しは決して明るくなかったが、手術を行わず、カムバックする方法を第一に考え、そのプログラムに沿って調整してきた。メスを入れてしまうと、今シーズンはおろか来シーズンの登板も危うい。
日本の投手は最近、大リーグ行きの夢を果たした代償として手術をするケースが多い。松坂大輔、和田毅、藤川球児らだ。
「なにしろ初めてのことなので、どうなるか分からない」
田中の不安は尋常ではなかった。おそらく手術を覚悟していたことだろう。それだけに手術なしでのキャッチボール再開は最高の結果だった。
マーくんと松井裕、「運」で分かれた勝負の世界
それにしても田中は強運の持ち主だと思う。ジラルディ監督も「厳しい状況」とエースの今季を不可能とみていたのに、いわば無傷で戦列に復帰する予定が組める状態になった。その運の強さに驚くばかりである。
「マーくん、神の子、不思議な子」
こう田中を評した楽天時代の野村監督の言葉を思い出す。ルーキー時代から負け投手になるかと思うと、打線が奮起して同点、あるいは勝ち越ししてしまう。何度もそのようなことが重なり、監督の口からついそんな感想が漏れた。
たしかに、24勝無敗の昨シーズンもそうだった。バックの援護で何度か敗戦を免れ、一転して勝ち投手になったことがある。
対照的に「運がないな」と思わざるをえないのが、ポスト田中と期待されたドラフト1位のルーキー松井裕だ。この6日のロッテ戦で先発、勝利投手の権利を持って交代したのだが、リリーフ陣が、5点差をつけていた9回裏になんと6点を取られて大逆転負け。先発初勝利が消えてしまった。その以前にも同じような状況にありながら勝てなかった。
田中の運の強さの反動を松井裕が背負っている感じなのだ。その反映か、田中のいた昨年は日本一なのに対し、今季は最下位を独走中。勝負の世界なので、選手たちはそういう運、不運に敏感である。
田中はチーム最多の12勝を残して戦列を離れた。ヤンキースは今のままではポストシーズン進出は厳しい。田中は復帰した場合、3試合ぐらいしか登板できないだろう。ただその試合に勝って15勝に到達すればア・リーグ新人王の可能性が出てくる。
161億円男の、「復帰後」に期待が高まる。
(敬称略 スポーツジャーナリスト・菅谷 齊)