中国空軍が自衛隊機に異常接近を繰り返している。偶発的な軍事的衝突につながりかねない危険な行為だが、その狙いはどこにあるのか。中国の国家としての意志なのか、それとも現場のパイロットの独断なのか。海自出身で駐中国防衛駐在官を務めた東京財団研究員の小原凡司さんに聞いた。
30メートルまで接近するのは非常に危険
――相次いだ異常接近事案は、日本側は「危険きわまりない」として強く非難しています。「30メートル」という距離は、どのくらい、どのように危ないのでしょうか。
小原 複数の軍用機が一度に飛ぶ際はフォーメーションを組みますが、30メートルというのは一番きちんと組む「タイト・フォーメーション」と大差ない距離です。私が乗っていたヘリの場合でも、ヘリ同士はローター一つ分の距離を開ける。ローターは18~19メートルなので、そうなると40メートル近く開きますが、それでも経験の浅いパイロットは怖がってポジションを維持できないこともあります。そのくらい30メートルというのは怖い。まさに「目の前に機体がある」という感じです。
――仲間同士であっても、30メートルという距離は相当な緊張感があるわけですね。
小原 フォーメーションを組むときは同じ機種どうしで組みますし、お互いに意図があって、リーダー機は、そのフォーメーションが事故に陥らないよう常に気を配って飛びます。技量のある人間同士がフォーメーションを組んでおり、信頼感もある。それでも接触の危険があるので、高度差をとります。しかし、そういう取り決めも信頼も何も無い状態で30メートルまで接近するのは非常に危険です。
相手の技量は見ればだいたい分かりますが、中国が公表した航空自衛隊機の写真は非常に離れており、中国が言うように数十メートルといった距離ではありません。200~300メートルといったところでしょう。
戦闘機は元々高速で飛ぶように設計されているので、低速になると、だんだんコントロールの効きが悪くなり、最終的には翼が揚力を発生できなくなる。そうなると失速して、「きりもみ」状態になってしまいます。2001年には米海軍EP-3と中国軍機が衝突していますが、当時の中国軍機は非常に不安定な運動をして、おそらくコントロールを失って接触したのでしょう。01年の事故で接触した中国側のパイロットは、事故が起こる前から危険行為を繰り返す人物だとして米海軍の中でも有名だったそうです。
日本側のP3Cの場合、哨戒飛行をしているときはさほど高速ではありません。中国機は、その横に無理矢理並んで飛ぼうとしたわけです。自分の飛行機の特性を理解しておらず、まったく技量が低いと言わざるを得ません。そういう状況では、接近される側の自衛隊機は大変な緊張を強いられたことになります。中国側の飛び方は、安全のことを配慮したとは思えない危険な飛び方です。日本や米軍から「技量が低い」と言われても仕方ありません。
空軍の中に「危険行為を許したり助長したりする空気」
――戦闘機の側から接近してくるということは、「戦闘機はスピードを落とすので安定性が悪くなる」ということですね。
小原 乗っている人間は、失速(ストール)の兆候を感じるはずです。訓練の中では何度もストールの状態に入れて、ストールに入る兆候というのを体感しています。そうならないためのスキルを身につけています。少なくとも01年の事故を起こした中国側のパイロットは、それが身についていなかったのでしょう。今回についても、小野寺防衛相の話によると、非常に乱暴な近接をしている。そういうことを平気で行うのは、素養と技量の低さを表しています。
―― 一連の異常接近事案では、現場のパイロットが「火遊び」をしたのでしょうか。それとも、上司の指示によるものでしょうか。
小原 現場のパイロットは「日本に対して何かやってやりたい」という自己顕示欲を持っていて、それが危険行為につながっています。危険行為が英雄的行為だと思い込むことは、現場の素養の低さを表しています。今回の技量の低さを見ると、中国軍のパイロットの訓練が十分に行き届いているのか疑問を感じます。ただ、こうした行為が繰り返されているということは、空軍がこうしたパイロットの行為をとがめていないということでもあります。危険行為を許したり助長したりする空気が空軍の中にあることを示しています。
―― 中国からすれば「やって当然」なのでしょうか。それとも「本来はすべきではない」と認識しているのでしょうか。
小原 2013年1月に中国海軍の艦艇が海上自衛隊の艦艇に火器管制レーダー照射をした事案では、国防部の声明では「やっていない」と否定しています。その際、中国側は「日本が中国の国際社会におけるイメージを低下させるためにねつ造した」とも述べています。これは裏を返すと、中国自身が「レーダー照射は国際的に非難されるべき事案だ」と理解していることを示したことにほかなりません。もし今後も中国がレーダー照射を繰り返せば「中国が批判されても仕方がない」ことを表明したようなものなので、再発はないとみています。国防部、指導部が「海軍はコントロールできる」と認識しているからこそできる発言です。
01年の海南島事件や14年の異常接近事案についても、危険だということを上層部は理解している。ただ、声明で「やっていない」とは言い切れなかったのは、中央が空軍を完全にコントロールできていないからだと想像します。その直後に2回目の接近事案が起きた際には、国防部が「日本側が異常接近している」と非難しました。これは1回目よりも進歩しています。中国側が異常接近は危険だと認識していることを公にしたからです。
これまで空軍は予算抑えられ、不満が高まっていた
―― パイロットは功名心を満たすために危険行為を行っているとのことですが、軍はなぜやめさせられないのでしょうか。空軍は士気が低いのでしょうか。
小原 元々、そのような土壌はあると思います。さらにそれを助長しているのが、これまで空軍は海軍と比べて予算面で抑えられていたということです。これに加えて、東シナ海では海軍ばかり目立っていたことに空軍は不満を持っていました。これを取り除くために、12年末、空軍司令員だった許其亮(キョ・キリョウ)上将を中央軍事委員会の副主席に抜擢しています。この人事に対して海軍からも不満は聞こえてこないので、元々海軍が人事以外で優遇されていたと理解すべきでしょう。さらに、許上将はリーダーシップが強い人で、「不満がたまっている空軍の中に強いリーダーシップを置いておくのは危険だ」という中央の判断があって、中央に取り込むことになったようです。
―― 具体的にはどんな不満を持っていたのでしょうか。
小原 装備面を見ると、海軍は空母をはじめ艦艇を大量に建造しており、大規模基地の建設も明らかになっています。海軍が相当大きな予算を使っていることが分かります。一方空軍はなかなか戦闘機の自主開発が進まない。輸入する機体の数も、空軍が期待するほどは確保できていない。その良いケースがJ-31というステルス戦闘機です。
これまで、J20というステルス戦闘機が国家プロジェクトとして開発が進んでいることは明らかになっていました。ところが、J-31の開発は国営企業が行っており、国家プロジェクトではありませんでした。そこで、J-31は米高官が訪中している時にわざわざ試験飛行をしてみせた。中国では、J-31の開発チームがプレシャーをかけた相手は米政府ではなく中国政府だとの見方がもっぱらで、実際、後にJ-31は国家プロジェクトに格上げされました。それでも、J-31は予定されていた性能のエンジンの開発ができていないという情報もあり、まだまだ空軍には十分な資金が供給されていないとみられています。こういった点でも、まだまだ不満がくすぶっています。
下士官は「日本に対して何かしてやった」と「日本憎し」
―― この状況はいつまで続くのでしょうか。
小原 すでに13年の終わり頃から変化してきているとみられています。ひとつは13年11月の防衛識別圏(ADIZ)の設定です。かなり前から、「このタイミングで公表するんだ。ここで中国軍が目立つ行動をする」という空軍のプレッシャーは常にかかっており、ADIZの設定が公表された結果として、中国空軍は活躍の場を与えられた形です。空軍にとっては、指導部から「東シナ海で暴れまわっていい」と言われ、お墨付きをもらったに等しい感覚でしょう。予算面でも改善されたようです。14年3月の全国人民代表大会(全人代)では、会議の後のぶらさがり取材で、中国空軍の代表がとても元気がよく勇ましい発言をしていたと聞いています。
今までになかった光景です。日本と同じで、表向き予算は全人代で承認されますが、実際はかなり前に内定していたはずです。空軍はかなりの予算を獲得したはずです。直後の14年4月には習近平主席が空軍関係者と会談して、「中国空軍は空中および宇宙における戦闘力を高めなければならない」という講話をした。これを受けて、中国メディアは「中国の安全と戦略は中国空軍にかかっている」と報道しました。空軍の重要性を公に知らしめたということで、今後はさらに装備面の増強が図られると思います。
―― 指導部は「空軍重視」にかじを切ったわけですね。日中関係にはどう影響しますか。
小原 予算がつき、空軍の中には勢いがあると思います。この勢いが、誤った認識をしている一部パイロットに、蛮勇を振るうような行為をさせている面があります。中央指導部にとってみれば、ようやく空軍に予算をつけて「空軍重視だ」と言った直後に空軍を押さえつけるような指示は強くはできない。
空軍内部でも、01年の海南島事件と同様に「愛国主義的」だという評判になると、罰するのが難しくなる。軍の中で将校はほんの一部で、大多数は兵隊です。彼らは深く政治のことを考えているわけではありません。国際的な規範を意識している訳ではなく、どちらかと言えば大衆に近い感覚です。こういう人は「日本に対して何かしてやった」と「日本憎し」です。いかに非常識な行為であっても、大衆は喝采をあびせるようなことになる。そうすると、空軍の中でも、そのパイロットをあからさまに罰するのは難しくなります。
近代戦では、統制が取れた軍隊が強い
―― これは空軍に特有の雰囲気なのでしょうか。
小原 元々人民解放軍が外国軍と交流を始める前は、陸海空みんなそうでした。それが、外国軍隊と10年以上交流を続け、海外での活動も増えてきた海軍は、変化しつつあります。交流を通じて「海軍はどういうものか」ということを理解しつつある。13年のレーダー照射事案以降は、あからさまには同様の事案は起きていません。14年の西太平洋海軍シンポジウムは中国の青島で開かれました。これは中国海軍が主催したということを意味しますが、拘束力はないものの、「洋上で火器管制レーダー照射のような危険な行為は行わない」旨が合意されています。
これは、少なくとも中国海軍としては、再発はないという意思表明だと言えます。万が一繰り返すと、中国海軍トップの顔に泥を塗ることになります。14年は環太平洋合同演習(リムパック)にも中国海軍は艦隊を派遣しましたが、中国海軍自身が国際的な演習、交流の場で、ある程度きちんと振る舞えるという自信を持ったということでもあります。
特に近代戦では、統制が取れた軍隊が強い。個々が勇ましいだけでバラバラに動く部隊は、近代戦では相手になりません。中国海軍では、国際的なルールを含めて、「海軍とはなんたるか」を具体的に理解しつつある。これは同時に、中国海軍が戦う相手としてもますます手強くなるということも意味します。もちろん、国際的な常識を備えているということは「理解できる相手になる」ということでもあるので、米海軍も歓迎しています。
海外と交流しない空軍は「国際的な常識身につけていない」
―― 見方を変えれば、「空軍は国際的な慣習を理解していない」ということですね。
小原 空軍は本来防空が任務なので、原則として海外に出て行くことはありません。なかなか国外との交流は難しい。先進国では過去の大戦で空軍を使った戦闘を経験しているので、お互いにルールをつくって理解ができている。新たに空軍力を増強してきている中国にはその経験も国際交流もなく、国際的常識も身につけていません。
だからと言って、国際的ルールを口で言ってみたところで、なかなか理解されない。実際に自分で感じてみないと分かりません。そのために中国海軍は時間をかけてきました。空軍は、本来は01年の事案で国際的ルールの重要性を理解すべきでしたが、そうはならなかった。事件直後、江沢民主席(当時)は当初は米国に対して強い態度をとっていなかったのですが、軍の機関紙「解放軍報」がいきなり1面の様子を変えて、行方不明になったパイロットの英雄キャンペーンを始めました。
これは江沢民主席に対してプレッシャーをかけるのが目的で、実際にその後、江沢民は対米強硬路線に転じました。そうして祭り上げてしまうと、この行為は「英雄的行為」だということになってしまいます。01年の行為が「危険で行ってはいけない行為」だと上層部は理解していたはずですが、その認識を若い兵士まで浸透させられなかった。
再発防止には交流を深める必要
―― 危険行為が称賛されてしまうとすれば、再発しそうですね。
小原 現場での経験はもちろん必要ですが、それを待っていたのでは衝突事案が再発しかねないので、その前に交流を深める必要があります。米国と中国には軍事海洋協議協定(MMCA)という合意があって、ワークショップを年に1~2回行っています。参加するのは現役の制服の中佐、少佐クラスの現場で直接指揮を執るクラスです。ワークショップでは「海上でいかにして衝突を避けるか」といった技術的な議論が行われます。
最初は「結局は政治の話になるので、話がかみ合わない」という声もあったのですが、政治分野の議論をする場を別に設けて、技術面の話に集中できる場をつくる、といった工夫もあったようです。これは非常に効果的なことでした。ごく最近になって、ここに空軍も含める方針が検討されています。米空軍と中国空軍は今は話はかみ合わないでしょうが、すでにある程度の経験を積んでいる米海軍と中国海軍の議論の中に入ってくるということは可能です。時間はかかりますが、そうした交流の場を増やすことが重要です。
中国は強く言われるほど態度硬化させる
―― こういった状況に対して、日本は何ができそうでしょうか。
小原 少なくとも指導部、軍の中枢、多分空軍の司令部は、一連の行為が危険だと理解しています。ですが、空軍の末端までコントロールされていないということも明らかになっている。日本としては、中国に対して危険な行為に抗議することは当然ですが、小野寺五典防衛相が「抗議も必要だが、交流も必要」という態度を示しているのが非常に有効です。声高に非難しても効果がなく、強く言われれば言われるほど態度を硬化させてしまいます。中国は、異常接近は国際的に認められないということを理解しています。一部の自己顕示欲の強い「勘違いパイロット」や一部部隊の雰囲気をどう変えていくかがポイントです。
罰することはできないが教育はできる。ただ、危険なパイロットを支持する人も多いので、最初から強く指導することは難しく「徐々に」ということになるでしょう。日本なり米国も、中国の中での認識のギャップは認識する必要があるでしょう。それを理解した上で働きかける必要がある。
―― 航空自衛隊が中国軍に国際的なルールについて啓発することは可能なのでしょうか。
小原 「啓発」「教える」は反発するでしょうから、交流の中で自然に身につけてもらう必要があります。日中間に危機管理メカニズムが必要なのは間違いありませんが、現場の制服の人間がやらないと意味がありません。これが今は難しい。そうなると、米中の枠組みの中で、空軍に対しても海軍と同様の国際社会での規範を体得してもらわないといけない。日本は、今のところ米国と連携を密にする以外に、具体的に可能な行為はありません。一方で防衛大臣のように、中国に対する働きかけは続けなければなりません。日本は中国と戦争する気も、挑発する気もない。ただ、中国が「日本がやっていることは挑発だ」と公表すると、中国国内でそう信じられるという事実があります。日本からすれば誤解を解く必要があります。「日本が取っている行動は、国際的には通常行われていること」だという点を理解してもらう必要があります。
小原凡司さん プロフィール
おはら・ぼんじ 東京財団研究員、元駐中国防衛駐在官。1963年生まれ。85年防衛大学校卒業、98年筑波大学大学院修士課程修了。駐中国防衛駐在官(海軍武官)、防衛省海上幕僚監部情報班長、海上自衛隊第21航空隊司令などを歴任。IHS Jane'sを経て、13年1月より現職。