2014年6月、東シナ海で中国機が自衛隊機から30~50メートルの至近距離にまで異常接近する事態が相次いだ。間一髪で接触を避けられた形だが、万が一、両機が接触する「不測事態」が起きた場合、戦争状態にまで突入してしまうのか。
空自出身の評論家、潮匡人さんに見通しを聞いた。
領空侵犯は「現場の暴走」ではなく「組織的・計画的な犯行」
―― 中国が自衛隊機に異常接近を繰り返しています。これは「中国としての国家の意志」だという説と、「現場の暴走」という説があります。どちらの説をとりますか。
潮: 2つの考え方は必ずしもトレードオフではなく、両方の側面はあり得ます。個人的な功名心や冒険心、自らの技能の過信といった側面はあると思いますが、人民解放軍は党の軍隊であり、国家主席の指揮下にあります。それを「現場の暴走」「パイロット個人の功名心」といったとらえ方をするのは間違いです。
自衛隊機に対する火器管制レーダーの照射については海軍の船から行われています。共産党の「政治将校」も乗っていたはずです。党のコントロール抜きで、国際法に違反している可能性がきわめて高い危険な行動が行われていたとは考えられません。空軍や海警についても同様です。13年12月には中国側が日本の領空を侵犯しましたが、この事案が起こったのが「12月13日」だったという点に注目すべきです。この日は中国側が「南京大屠殺」と呼ぶ日で、領空侵犯が行われた時刻は、南京で追悼の鐘を鳴らす時刻から数分しかずれていません。
こういったことが「個人の犯行」として行われるはずもなく、組織的・計画的な犯行だったとみるのが自然です。
中国軍の基地に強制着陸させられるというのは考えにくい
―― 2014年6月の異常接近事案では、30メートルという「間一髪」の距離でした。仮に接触してしまった場合は、何が起こるのでしょうか。
潮: 2001年に中国の海南島で起きた事件がモデルケースになりえます。海南島から110キロ離れた南シナ海上空の公海上で、米海軍の電子偵察機と中国軍の戦闘機が接触し、中国機は墜落してパイロットが行方不明になりました。米軍機は海南島に着陸させられ、乗務員は身柄を拘束されました。日中についても、当時と同様の展開になる可能性は十分にあると思います。
ただ、今回は日中の中間線の付近で起きているのに対して、海南島事件が起きたのは、国際法上は中国側の排他的経済水域(EEZ)の中でした。米側はかなり陸地に近い場所で偵察行動をしていたようなので、海南島に着陸せざるを得なくなったという事情があります。この点で、2つのケースには若干の違いがあります。「二度あることは三度ある」といいますが、自衛隊機が日中の中間線で衝突したとしても、自衛隊機が中国軍の基地に強制着陸させられるというのは考えにくい。
どちらかに犠牲者が出ても、双方に出ても、日中両国の世論が沸騰する
―― 東シナ海の「ど真ん中」で接触した場合、どうなるのでしょう。
潮: 自衛隊機の墜落もあり得ます。日本からかなり離れているので、自衛隊機の搭乗員の捜索、救助が最優先のミッションになるでしょう。海南島の事件は、米国本土からすれば「地球の裏側」で起きたことで、行方不明になったのは中国側のパイロット。米側に死者が出なかったこともあって、米世論は「どうせ軍隊同士の出来事だろう」と静観していた面もありました。
ですが、今回のケースでは、どちらかに犠牲者が出ても、双方に出ても、日中両国の世論が沸騰することになるでしょう。「30メートル」という距離は両機の胴体部分の距離だという情報もあり、これが正しいとすれば、両機の翼と翼の間は数メートルしかなかったことになります。意図していない場合でも接触してしまうリスクは十分あります。むしろ過去2回の事案で接触しなかったことが幸運なぐらいです。だからこそ、防衛省は2例を「特異事例」として公表に踏み切ったわけです。
日本側の識別装置を回収されてしまうと、日米同盟には致命的な打撃
―― 今回の接近事案では、自衛隊側は偵察機だったのに対して、中国側は戦闘機でした。速度をはじめとした能力にも大きな差があります。
潮: 日本が自転車だとすれば、中国はフェラーリのようなもの。どの国の戦闘機でも、パイロットの座席の背中の部分には脱出装置が装備されています。非常時にその装置を作動させれば、椅子ごと機外に射出されて安全な高度でパラシュートが開くようになっています。接触時にそれが機能すれば、少なくとも中国側のパイロットが即死する可能性は低いでしょう。ですが、事故が起きた時期が冬だったりすると、捜索救難は一刻を争うことになります。他方、自衛隊機は戦闘機ではないので、そもそも脱出装置がない。より生命を失うリスクは高くなります。
―― パイロットはもちろん、墜落した飛行機の捜索作業も関心事です。
潮: 戦闘機自体が機密の塊です。ミサイルを撃つときは目視できない状態で行うので、敵味方の識別は機械やコンピューターがします。この識別装置を回収することが最重要課題です。例えば中国側に日本側の識別装置を回収されてしまうと、日米同盟には致命的な打撃になります。哨戒機や偵察機でも、ばれては困るものは沢山あります。そうなると、機体の回収が文字通り「水面下」の闘いになるわけです。政府は国民に対しては「パイロットを探しています」と説明するでしょうが、実際は少し違います。海南島の事件では、機密が詰まった機体を丸ごと差し押さえられたようなもので、米国にとっては大きな問題を残すことになりました。
民主政権では「警戒警備の手法に極度の縛りがかけられていた」
―― 一定期間は捜索が集中的に行われるとして、その後、日中政府はどのように対応するのでしょうか。
潮: 生存への望みが少なくなるのと反比例する形で世論が沸騰する。だからと言って、自衛隊の行動が攻撃的になるわけではありません。むしろ、今まで行ってきたことに怒りを込めながらも粛々と行う。その時の内閣や大臣の判断によっては、日本側がより消極姿勢に転じる可能性すらあります。例えば、「同様の事案の再発を防ぐために、中間線をまたいで中国側に近づかないように」といった指示が出るかもしれません。実際に民主党政権はこれに近い姿勢でした。後に安倍首相が13年3月7日の衆院予算委員会で、
「前政権下においては、過度にあつれきを恐れる余り、我が国の領土、領海、領空を侵す行為に対し当然行うべき警戒警備についても、その手法に極度の縛りがかけられていたというふうに私は承知をしております」
と答弁しています。反面、中国側がそうなる可能性はないでしょう。これまでの日本との関係や、南シナ海をめぐる周辺諸国に対する対応を見ていると、むしろ中国は高圧的な姿勢を重ねるでしょう。
―― その結果、日中が「一戦交える」ことになってしまうのですか?
潮: それはないでしょう。日本側は中国側に強く抗議するものの、中国側は「受け入れられない」と強硬姿勢を貫く。世論は沸騰するでしょうが、国と国の関係は、じつはあまり変わりません。
―― では、仮に日中が「一線交える」ことがあるとすれば、それはどういう場合なのでしょう。
潮: 一番リスクが高いのは、尖閣諸島の島や岩、領海の上で日中双方の軍用機が異常接近するなどした場合です。そうなるとどうなるか。日本側にとっては、自衛隊法を根拠にした「領空侵犯」に対する措置をとることになります。正当防衛または緊急避難の要件に該当する場合は、武器の使用ができます。これは政府が国会答弁で明らかにしています。他方、中国側にとっても、彼らが設定した防空識別圏(AIDZ)の中であると同時に、彼らが中国領だと主張する島や岩の上空なので、中国の領空だということになる。
領空侵犯を認めてしまったら航空自衛隊の存在意義がなくなる
―― 日中双方、それぞれに「領空侵犯をされた」と受け止めるわけですね。
潮: 国際法上のルールでは、軍用機に対しては、警告をしても従わない場合には、撃墜を含めた措置をとることになっています。日本側にとっては武器を使用する要件を満たすことになりますが、軍用機が軍用機に武器を使ったら「撃墜」です。ミサイルを発射する引き金を引く一歩前の出来事として、「レーダーロックオン」という行為があります。これまでは、例えば船から海上自衛隊の航空機、つまり戦闘機ではない自衛隊機に対するレーダー照射でした。ですが、今説明しているケースでは、両方が戦闘機だということになります。戦闘機が別の戦闘機にロックオンされたということは、撃墜されたに等しい。
ロックオンされた場合でも、相手の背後に急旋回したり、熱や銀紙のようなものを相手機に放ってレーダーの「目くらまし」をするなど多少の対応策はありますが、高い確率で撃墜されるリスクがあると言えます。
ロックオンされた戦闘機は、必死に逃げることでしょう。この状態を犬同士で追いかけ合う様子になぞらえて「ドッグファイト」と言いますが、ドッグファイトを他国機が目撃したら、空中戦が行われていると受け止めるでしょう。実弾が発射されなかったとしても、レーダー照射後にドッグファイトが行われれば、地域の緊張は一気に高まります。このことは起こりうるシナリオとして考えなければなりません。
―― 中国が「領空侵犯された」と受け止めた結果、日本側に攻撃を仕掛けてくることはあるのでしょうか。
潮: 中国が突然武力攻撃をすることはないと思います。そんなことをしたら、日本も個別的自衛権を行使して防衛出動し、堂々と武力を行使できるからです。日米安保条約の第5条の「武力攻撃を受けた場合」という要件も満たしてしまう。そこで、一見漁船に見える船で来たり、漁民に見える海上民兵を使うなど、色々なことを考えると思います。中国側がいきなり攻撃を仕掛けてくることはないにしても、戦闘機同士の接触やレーダーロックオンで、当初は意図していなかったにもかかわらず、それが双方における軍事衝突の発端になることは十分にあり得ます。「尖閣は日本固有の領土」と、これだけ突っ張っているわけですから、日本側も1歩も引きません。この領空侵犯を認めてしまったら航空自衛隊の存在意義がなくなります。一気に緊張が高まるでしょう。
「自衛隊が中国より強い」という通説は見直す必要ある
―― 両国の戦力を比べると、どちらが優れているのでしょうか。
潮: 質的には、日本の自衛隊機の方がはるかに高いです。訓練の練度も士気も高い。ただ、数の面では不安が残ります。日本の主力戦闘機は第4世代機と飛ばれるF-15が中心ですが、中国は日本の3倍以上の数の第4世代機を保有しています。これに加えて、中国はステルス性能を備えた「第5世代機」も開発していると主張しています。これが事実だとすれば、自衛隊は数の上では負けていて太刀打ちできません。そう考えると、これまでのような「自衛隊が強い」という通説は、そろそろ見直す必要がある。馬鹿にしていたら、大変なことになります。
―― そういった環境で、いざ日中が実際に衝突したら「どっちが勝つ」のでしょう。
潮: そこが悩ましいところです。その時の日本政府、内閣が撃墜を「武力行使」と認定するかが最大のキーポイントです。認定した場合は防衛出動ができるので、いつでも戦争ができる状態になります。中国側は「誤って撃墜した」といった説明をして事態の鎮静化を試みたりはしないでしょう。「詫びず、認めず、謝らず」なので、それなりの戦力をあてざるをえず、最悪、本当に日中戦争、あるいはその手前の状態が長期にわたって展開されるでしょう。予備自衛官や即応予備自衛官らも召集されるでしょうし、すべての戦闘機がすぐに出動できる体制をとることになります。仮に防衛出動が発令されると、「急迫不正の侵害に対して、他に手段がない」場合の自衛権の発動要件のもと、できることを最大限やります。防衛出動が発令されていなくても、領空侵犯には武器が使用できるので、それを根拠に領空侵犯をさせない、撃墜をためらわない姿勢をとるでしょう。
―― 全面衝突のリスクはありますか。
潮: 「全面的衝突」が核の使用を念頭に置いているとすれば、そのハードルはかなり高いでしょう。自動的に米軍が参戦するシナリオになるからです。それはさすがに中国も思いとどまるでしょう。
しかし、01年の海南島のケースでは最終的には米側が折れる形で決着しています。長期にわたって米軍機を拘束するということを平気で行った国ですから、それなりの姿勢で臨んでくるでしょう。そうなると、少なくとも全面対決の1歩前のようなことは起こりうる。航空機は上空では停止できず、一触即発の自体が起こる可能性が高いという特性を踏まえる必要があります。ですが、経験の浅い中国空軍がどのような配慮ができるかは疑わしい。
抑止力高めて信頼醸成に向けた努力することが重要
―― そうは言っても、一度衝突してしまうと日中双方が失うものが大きい。衝突を避けるためには何ができるのでしょうか。
潮: 大きく2つしかないと思います。ひとつが、日本の抑止力を高めること。現在の集団的自衛権の問題については、日米同盟の抑止力を高めることが期待できるので、現在の安倍政権の方向性を基本的には支持しています。ですが、7月の閣議決定でも物足りないと考えています。さらに武器使用の制限を緩和するなど、まだまだやるべきことがあります。防衛予算についても、減少が続いた民主党政権と比べると増加に転じていますが、安倍政権は0.8%しか引き上げていません。これでは中国の軍拡に対応できません。
ふたつ目の対策としては、信頼醸成措置について相互の努力をすることです。特に日中間はほとんど手つかずだと言っていい。例えば軍当局間のホットラインを設置することが有効です。案外知られていませんが、日韓にはホットラインが存在します。これだけ関係が悪化している日韓間でも、元々現場同士はつながりがある。
韓国軍の軍人が自衛隊の幹部学校に留学し、自衛隊員と一緒に学んだりもしています。私も以前から陸自幹部学校で学生の論文指導もしていますが、留学生の教え子が韓国に帰国して出世し、日本の駐在武官になったりもしています。少なくても日韓については、こうした人的交流がある。これを日中でも行うことは可能でしょう。日本政府としては「対話のドアは常にオープン」ですし、日本側は一貫して自制的対応を続けています。そう考えると、中国に改善すべき点が多いのは疑いの余地がありません。
潮匡人さん プロフィール
うしお・まさと 作家、評論家。拓殖大学客員教授。国基研客員研究員。岡崎研特別研究員。東海大学講師。1960年生まれ。防衛庁・空自勤務、聖学院大専任講師、防衛庁広報誌編集長、帝京大准教授など歴任。著書に「日本人として読んでおきたい保守の名著」(PHO新書)、「常識としての軍事学」、「日本人が知らない安全保障学」(ともに中公新書ラクレ)。