野田内閣による尖閣諸島の「国有化」から約2年がたち、尖閣周辺を中国海警の公船が徘徊する状態が常態化している。2010年には中国漁船と海上保安庁の巡視船が衝突する事故が起き、04年と12年には実際に香港の活動家が不法上陸している。これに加え、14年6月には東シナ海の公海上空で中国機が自衛隊機に異常接近した。小野寺五典防衛相は「偶発的な事故につながりかねない」と警戒するが、もし「偶発的な事故」が起こった場合、日中関係はどう変化するのか。政治、軍事、経済など識者の連続インタビューを中心にお届けする。
初回は尖閣諸島をめぐる動きを掘り下げる。仮に尖閣に上陸した活動家が漁民に偽装した中国の民兵(武装漁民)だったら、日本はどう対応できるのか。なぜ中国はこんなに尖閣諸島に強いこだわりを見せるのか。統幕学校副校長として高級幹部教育に従事した川村純彦さんに2回にわたって見通しと分析を聞いた。
―― 正規軍ではない「武装漁民」のような者が尖閣に不法上陸することが考えられます。いわゆる「グレーゾーン事態」への対応は十分なのでしょうか。
川村: 国家として尖閣を守るための法律がないのが問題です。過去に漁民が上陸したときも、出入国管理法や難民認定法違反の罪でしか問うことができなかった。海上保安庁は警察機構で、治安機関の一つです。治安機関は自国の法律が及ぶ領域内で犯罪者を逮捕して犯罪を予防したり裁判にかけて処罰するための機構です。中国という国家が意図を持って尖閣を取りに来ていることを、「犯罪」として国内法で罰することはできません。治安機関はむやみに国民の権利を侵害することがあってはならないので、行使できる権限は「やっていいこと」だけ規定されておりそれ以外のことはできない「ポジティブ・リスト方式」です。ところが対処すべき相手は軍隊なので、どんな手段で攻撃してくるか分からない。
列国軍隊の任務遂行を定めた法律は「やっていけないこと」だけを定めた「ネガティブ・リスト方式」。例えば人道や国際法に反するような「やってはいけないこと」だけが示され、それ以外のあらゆる手段を用いて国民の利益や生命を守らないといけない。ところが、日本では自衛隊が軍隊ではないため、警察と同様「やっていい」と定められたことしかできないため、軍事行動の自由までしばられている。尖閣を守るには「ネガティブ・リスト方式」の法体系に基づく「領域警備法」などの法律の整備が必要です。
今の警備体制、法体系のままでは上陸を許してしまう
―― 法整備が不十分な状態で、武装漁民が尖閣に押し寄せてきたらどうなるのでしょうか。
川村: 現状では、まずは海保が出動し、退去要求と誘導によって侵入阻止に当たります。上陸された場合、沖縄県警が上陸者を逮捕します。ただし、県警は常駐しているわけではありません。多数で来られたら、2~3隻の巡視船では対応できません。今の警備体制、法体系では上陸を許してしまうことは十分あり得ます。したがって、上陸者をどう排除するかが問題です。
―― 中国政府はどう反応するのでしょう。
川村: 中国はこれまでも「自国民を保護する」と称して、南シナ海の岩礁を占領して、滑走路や基地をつくった例があります。尖閣の場合も、中国が「自国民を保護する」という名目で軍隊を派遣する。しかし「人道目的」であれば、日本が一方的に実力で阻止することはできない。軍艦が出てくると一触即発になるので、まずは「海警」あたりがやってきて、領海侵犯をくり返し、次々に既成事実を作っていくことが考えられます。
―― 海保と県警では手に負えないのは明白ですが、どの時点で自衛隊の出番になりますか。
川村: 相手が武力を用いたときです。この事態になると海保や警察では対処できなくなります。これを「武力攻撃」とみなすか否かが大きな問題です。尖閣諸島は日米安保条約第5条の適用対象だとされており、条文では「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃」に対し、「共通の危険に対処するよう行動する」とあります。武力攻撃というのは、意図的な、組織的な攻撃のことを指しますが、その判断に時間を要する場合もあり、その間は、米国も安保条約に基づく共同防衛を発動できないため、中国としては強力な反撃を受けることなく上陸地の防御を固めることができる、というわけです。