国産初のステルス戦闘機が初飛行へ 白地に赤を入れた日の丸イメージの塗装

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   日本初の国産ステルス試作機が2014年度中に初飛行する予定になり、ネット上などで日本の防衛戦略は今後どう変わるのか関心を呼んでいる。それまでに、アメリカとの関係などを巡って紆余曲折があったからだ。

   日本では戦後、国産のF-1戦闘機が作られてから、独自開発は長らく途絶えていた。それが、F-3世代になって、独自開発が進められ、初の国産となるステルス試作機が完成することになった。

日本の技術を抑え込んだ米国への「リベンジ」

   2014年7月12日夜放送のTBS系番組「報道特集」では、1年にわたって独占取材したというその開発現場をリポートした。

   F-1の後継機としては、1980年代にF-2の開発計画が浮上した。番組によると、当初は、日本独自で開発を進めようとした。しかし、アメリカは当時、500億円もの巨額の貿易赤字を抱えており、猛烈な政治圧力をかけて米軍機の輸入を迫ってきた。

   日本政府は、最終的にアメリカに屈し、アメリカ製のF-16を改造する日米共同開発によってF-2にした。しかし、元防衛省空将の林富士夫氏によると、アメリカは、開発の主要部分に当たる操縦系統のソースコードを開示しなかったというのだ。

   このことでアメリカと溝が生じ、直後から日本のリベンジとして次期戦闘機の開発計画が始まった。

   輸入に頼っていた戦闘機のエンジンについては、IHI(旧石川島播磨重工業)が1995年から機体を垂直に持ち上げられるハイパワータイプ「XF5」の開発を進めた。また、防衛省の技術研究本部では、2000年からステルス技術の開発に着手した。操縦システムを設計した三菱重工によると、エンジンの排出溝に取りつけたパドルで噴射の向きを自在に変える技術を開発し、ステルス性と高運動性を両立させることに成功した。そして、14年5月に待望の機体は完成した。

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