東京・上野の東京国立博物館(東博)で2014年6月24日から開催されている台湾・故宮博物院の展覧会「台北 國立故宮博物院-神品至宝-」展が大賑わいだ。目玉作品である白菜をかたどったひすいの彫刻「翠玉白菜」を一目見ようと、連日大行列ができている。
開催直前、展覧会を告知するポスターの一部に「國立」の二文字が抜けていると台湾側が反発する騒動があったが、あれはいったい何だったのか。
「国宝 阿修羅展」と「同じぐらいの推移」
「翠玉白菜」は中国・清時代後期(18~19世紀)に作られた彫刻で、高さ約19センチ、幅約9センチ、奥行き約5センチの大きさだ。ひすいの緑色と白色の部分を活用して、白菜を繊細に再現し、葉にはキリギリスとイナゴがとまっている。白菜は純潔を、キリギリスとイナゴは多産を象徴しているという。
東博には7月7日までの期間限定で展示されている。展示場所は本館特別5室。注目度の高い作品が置かれるスペースで、1974年にレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」、1998年にドラクロワの「民衆を導く自由の女神」の展示会場となった。7月3日14時ごろに記者が訪れると、200分待ちの大行列ができていた。案内係の女性は「先頭の人は入口の外で朝5時から並んでいたそうですよ」と話す。
同館の広報室によると3日、来場者10万人を達成した。平均すると1日約1万人が訪れていて、最長で240分待ちを記録したという。総入場者数94万人を超えた2009年の「国宝 阿修羅展」と比べると、「同じぐらいの推移になっています。白菜の展示が終わる7日までにはさらに増える可能性はあると思います」。ただし、最終的な人数については会期が10日ほど異なるので、単純な比較は難しいという。
もっとも、開催直前には台湾側の抗議で開催自体が危ぶまれる騒動があった。日本側が作った一部ポスターの中に、「國立」の文字が抜けて「台北 故宮博物院展」となっていたのが問題になった。総統府は6月20日、日本側が修正に応じない場合は、展覧会自体を取りやめるとの声明を出した。
日本側は急きょポスターの修正作業などの対応に追われ、山手線など都内の主要駅に張り出されていた巨大な展覧会の告知看板などに、「國立」の二文字を追加した。6月23日の開会式では、東博の銭谷真美館長が開会式では異例となる謝罪の言葉を述べ、これに台北・故宮の馮明珠院長は、東博の対応を評価するコメントを出していた。しかし開会式に来るはずだった馬総統夫人は結局、欠席した。
中国メディアではほとんど報じられない
台湾では当時、展覧会中止の可能性があると複数のメディアが報じていたが、完全に猛反発というニュアンスでもなかったようだ。台湾にいる日本人留学生によると、野党の民進党系メディアは「なぜ今更問題視するのか」という論調で、世論が「國立」にこだわっている雰囲気はなかったという。
一方の中国は、人民日報をはじめ主要メディアはほぼ無視。台海網など一部地方メディアが報じるにとどまった。それも台湾メディアの報道を紹介する程度だ。
2010年に台北・故宮を訪れた40代の男性会社員によると、「周りはおそらくほぼ100%が中国本土からの観光客」というほどで、2013年に行った60代の別の日本人男性も同じ経験をしている。今回のトラブルについて、一般の中国人が関心を持たないというのは考えにくいという。ところが中国では検索エンジンの「微信(チャットサービス)」項目で、「台湾国立故宮博物院」の検索結果が表示されないという事態まで起きている。
東博によると、開会後は、台湾側から特段の要求は寄せられていないという。
中国と台湾で戦後最大級の政治的な動き
実は、日本と台湾が「國立」問題で揺れていたとき、中台間では「戦後最大級」の政治的な動きがあった。中国で台湾問題を担当する張志軍(チャンチーチュン)・国務院台湾事務弁公室主任(閣僚)が、台湾を訪問したのだ。台北・故宮展開幕翌日の25日のことだ。
中国の台湾担当閣僚の訪台は1949年の分断後初めて。両国間の関係は、これまでの民間窓口を通じての交渉から閣僚級の相互訪問、直接会談に格上げされることになった。
「台湾は中国の領土の一部」とする中国閣僚の初訪台については、当然ながら台湾国内では強い反発が予想された。馬政権の「國立」をめぐる唐突ともいえる反発は、タイミング的にはこの「張訪台」の直前に、国内に対し「台湾は國」であるということを強く伝えるメッセージにもなった。
不気味な沈黙を続けていた中国に、開会後に少し動きがあった。
産経新聞によると26日、在日中国大使館の楊宇報道官は、記者会見で、東博での台北・故宮博物院展について、「日台の間で正常な民間交流を進めることに異議はない」と語ったという。総統夫人の日本での開会式出席が消え、張氏が無事訪台した翌日のことだった。わざわざ「民間交流」と述べている。
日本の各マスコミは、開会前も開会後も基本的に「國立」抜きで「台北・故宮展」の紹介を続けている。「台北・故宮」の院長を紹介する人物記事でも「國立」はないが、そうした「國立抜き報道」にはクレームはないようだ。