新宿駅前で起きた焼身自殺未遂騒ぎで、ある詩人の作品が注目をあびている。「明日戦争がはじまる」と題されたこの詩は、日常生活に忙殺され、「命」に無関心になった現代人を描いている。
「焼身」の画像がツイッターで流れてきても、あまり関心を持てなかった。「戦争」もピンとこない。そんな人々が「自分の姿」と詩を重ね合わせ、共感の声を寄せている。
7年前に生まれた詩
「明日戦争がはじまる」は2014年1月22日、詩人の宮尾節子さんがツイッターに投稿した作品だ。満員電車での移動やネット掲示板のカキコミ、相次ぐ虐待死や自殺により、「人」や「心」、「命」の重みは薄れ、人々の間に無関心が広がる。「じゅんび は ばっちりだ」とばかりに、戦争を戦争と思わなくなり、「いよいよ 明日戦争がはじまる」という、わずか114文字の詩だ。
作ったのは07年7月11日だった。「脅すようなタイトル」が気になり一度お蔵入りにしたが、整理をしていた時に発見し、掲載することにしたそうだ。宮尾さん自身は、特に政治運動や活動はしておらず、詳しくもないという。「ほんとうは、恥ずかしい」と説明しつつ、「ふつうの、ひととしての、ふつうの、おもい」をつづっていると、ツイッターで語っている。
宮尾さんは高知県出身で、埼玉県飯能市在住。1993年に詩の出版物では最も有名な思潮社の女性詩誌「現代詩ラ・メール」第10回新人賞を受賞し、『かぐや姫の開封』(思潮社)、『ドストエフスキーの青空』(文游社)などの詩集を出すなど、現代自由詩の分野で活動を続けている。
飯能市の市民文芸講座で詩を教えたり、大学講演などの活動はあるが、詩を発表できる場は少ない。ツイッターでは定期的に「pw(ポエティック・ワンダー)連詩組」と銘打って、テーマに沿った詩を参加者が好きなタイミングでつぶやく企画を行っている。
伝えたかったのは「こころの怖さ」
発表から半年、この詩がふたたび注目をあびることになったきっかけは14年6月29日、新宿駅南口で起きた焼身自殺未遂事件だ。歩道橋の上で集団的自衛権について熱弁する男の姿は、ツイッターなどを通じて全国に拡散されたが、画像を見てもあまり関心を持てなかった人は多かったようだ。
この無関心さを的確に言い当てているとして、あるツイッターユーザーが「焼身自殺にピンとこない、じゅんびばっちりな自分に驚いた」と詩を転載すると、リツイートは約1万7800、「お気に入り」は約1万5000(いずれも7月1日17時現在)と話題になった。
7月1日朝には連立与党が、集団的自衛権の行使容認に合意した。午後の閣議決定を前に、詩は午後1時からの「大竹まこと ゴールデンラジオ!」(文化放送)でも紹介され、アシスタントの眞鍋かをりさん(34)が全編を朗読している。
この詩には「反戦」のイメージが付きつつあるが、宮尾さんが訴えたいのは「戦争」の危機そのものではないようだ。以前のブログ(2月13日)では、
「誤解もされていますが。わたしの言いたかったのは、戦争のことよりひとの『こころの怖さ』なのだと思います」
と説明していた。「戦争」の部分ばかり注目されていることもあり、宮尾さんはツイッターで1日、
「ほめてもらったり、こづかれたり、せなかをおしたり、ふんづけられたり、いろいろのようですが。だしてしまったら、ひとりあるきを、せねばなりません。ねがわくば、よいしごとを、してくれと、いのるばかりです。ありがとうございます」
と複雑な心境を明かしている。