「脱法ハーブ」を吸った男による痛ましい死傷事故が東京・池袋で発生した。実際は危険な薬物にもかかわらず、「脱法」という呼称が定着したことで「法的に許されるのではないか」との誤解が広まっている恐れがある。
こうした薬物の撲滅そのものは無論重要だが、同時に「脱法ハーブ」の名称を変えて危険性の認識を高めようとの動きも出てきた。
違法な販売者が勝手につけた名称
そもそも「脱法ハーブ」という呼称はどのような経緯で使われ始めたのか。 新聞やテレビにこの名称が登場するのは、2011年11月ごろからだ。
東京都福祉保健局薬務課に話を聞くと、以前は法の網を逃れる薬品が「合法ドラッグ」「脱法ドラッグ」と呼ばれており、その後、乾燥した植物の葉に化学物質を混ぜ込んだものが「脱法ハーブ」と名付けられたようだと説明した。しかも違法な販売者が勝手につけたものであり、行政やメディアが生み出した名称ではない。ハーブと聞くと「ハーブティー」のように健康増進に効果がありそうなイメージだが、実際は葉ではなく混入された化学物質により幻覚や意識障害、妄想、機能低下と様々な健康被害をもたらす恐れが強い。その事実を隠してポジティブな印象を与えるために、ハーブという語句を使ったのだろう。
「脱法」という言い回しも誤解を招くとして、東京都では「違法(脱法)」との表現にしている。古屋圭司国家公安委員長は2014年6月26日の会見で、「違法薬物に近いのに、『脱法』と言うと国民のあらぬ誤解を招く」と指摘し、名称を見直す必要性を示唆した。さらにNHKが6月28日に報じたところによると、「脱法」という呼び方は危険性がないように思われかねないため、警察庁がウェブサイト上で別の呼称を募集することを決めたという。
厚生労働省は、薬事法に基づいて「脱法ハーブ」の成分となる1300種類の物質を「指定薬物」として規制している。2014年4月1日の法改正で、それまで特段の制限がなかった指定薬物の所持、使用についても禁じられた。以前から禁止されていた輸入、製造、販売といった行為に加えて、自分で購入したり、他人から譲り受けたり、吸引したりすれば罰則対象となったのだ。つまり、呼称としての「脱法」は残ったままだが、原則的には違法で、類似のものもすべて取り締まりの対象にする方向だ。違反すれば、3年以下の懲役または300万円以下の罰金が科せられる。
「中毒性草類」「脳壊香薬」「合成大麻」や「合成麻薬」
インターネット上では、「脱法ハーブ」の呼び名を変えて手を出しにくくすべきだと話題になった。例えば「中毒性草類」「脳壊香薬」「負け犬専用ハーブ」といった具合だ。英語圏で使われる「合成大麻」や「合成麻薬」を候補に挙げる人もいた。
2014年6月29日放送の「ワイドナショー」(フジテレビ系)でも、このテーマが持ち上がった。番組に出演した歌手の泉谷しげるさんは「殺傷ハーブ」、また司会を務めるお笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志さんは「カッコ悪い、こんな風に言われたくない恥ずかしい呼び名」がふさわしいとして「『よだれくん』でええよ」と提案した。東京・池袋駅前で「脱法ハーブ」吸引後に車を暴走させ、歩行者を次々にはねて逮捕された男が、警官によって車から降ろされる際によだれを垂らしながら意識もうろうとしていた映像がテレビで繰り返し流された。松本さんは、薬物使用によりこのような情けない格好になるのだと指摘したかったのかもしれない。
今後、警察庁が新たな名称を本格的に募集するようだが、不安もある。いわゆる「振り込め詐欺」に関して、詐欺の手口が被害者に振り込ませる以外に多様化してきたことから警視庁が新名称を募集し、2013年5月に「母さん助けて詐欺」が最優秀作品に選ばれた。当時は話題になったが、1年たった今では、広くメディアで取り上げられているとは言えない。「脱法ハーブ」の呼び名を変更した場合、それを定着させるための広報活動も重要だ。