サッカーワールドカップ(W杯)ブラジル大会の開幕が近づいてきた。日本代表の活躍に期待が高まる半面、スタジアム建設の遅れや頻発する「反W杯デモ」など、開催に向けて雲行きが怪しくなっている面もある。
日本の試合を現地で観戦しようと計画しているサポーターにとっては、治安が気がかりだ。場所によってはスリや強盗、殺人が日本と比較にならないほど多発している。
レシフェのスタジアム周辺は貧民街が点在
日本代表が試合を行うのは、大西洋に面した北東部のレシフェ、その北に位置するナタール、内陸のクイアバの3都市だ。初戦でコートジボワールと対するレシフェでは2014年5月中旬、警察がストライキを起こしたため略奪が横行。人々が昼間に堂々と店を破壊して中に侵入し、電化製品などを盗む映像がテレビで流された。殴り合いも起き、30人近くが死亡したとの報道もある。
ブラジル在住経験があり、現地の最新事情に詳しい米大学の女性教授に取材した。3都市の治安についてたずねると、特にレシフェは「ブラジルの中では犯罪が多く、(大都市の)サンパウロやリオデジャネイロ並みではないでしょうか」と話した。もともと有名な観光地で、W杯が始まれば開放的な気分になる人も増えそうだ。酔っ払いが増える程度ならまだしも、麻薬や売春まで盛んになって犯罪に巻き込まれる可能性が高まる点を心配する。
2014年6月6日放送の「モーニングバード!」(テレビ朝日系)は、レシフェのあるベルナンブコ州では殺人が日本の約43倍、強盗は約200倍の割合で発生していると伝えた。また日本―コロンビアの試合が行われるクイアバ都市圏になると、凶悪犯罪はさらに増えるという。日本では想像できない危険度だ。
ブラジルは米国同様、銃の所持が法的に認められている。もちろん無条件ではないが、「最近は隣国から銃が不法に持ち込まれており、銃による犯罪が頻発しています」と女性教授は指摘する。「モーニングバード!」によると、凶悪事件の9割は銃が使われているそうだ。
在ブラジル日本大使館はウェブサイトで、W杯開催都市の情報を掲載している。レシフェの情報を見ると、日本―コートジボワール戦の試合会場は市街地から約22キロ離れており、地下鉄などを利用するしかない。だが沿線の一部地域やスタジアム周辺には貧民街が点在する。地下鉄に乗る場合は市街地とスタジアムの往復に限り、貧民街には不用意に近づかないよう注意を促している。タクシーも「流し」をつかまえず、ホテルに手配してもらった方がよさそうだ。
残金ゼロまで銀行預金を引き出させた後に置き去り
日本大使館のサイトでは、過去にレシフェで日本人が犯罪に巻き込まれた事例が紹介されている。数人に囲まれて財布を奪われた、拳銃を突きつけられて車を強奪された、信号待ちをしていた際に近寄ってきた男に銃を向けられ、財布と携帯電話を盗まれた、といったものだ。いずれも21~22時と夜間に発生している。
レシフェに限らないが、誘拐も多いと前出の女性教授は語る。犯人は銀行預金が目当てで、被害者は車であちこちのATMに連れて行かれ、残額がゼロになるまで現金を引き出すように強要される。カネをすべて渡せば解放はされるが、見知らぬ場所に置き去りにされるというから悪質だ。「絶対に車の中で人を待たない、下車する際に気を付けるのが予防策です」。
犯罪の頻発に加えて、W杯直前になって各地で警官がストライキに入っているのも心配だ。サンパウロでは、開幕戦が行われるスタジアムの隣で警官が賃金アップを求めてデモを実施。そのひとりが「モーニングバード!」のカメラに向かって「日本の皆さん、治安は必ず守ります」と確約していたが、当の本人が職場を離れているのだから説得力に欠ける。肝心のスタジアムも、日本の試合が組まれているクイアバを含め現時点で未完成が数か所ある。サンパウロでは6月5日に地下鉄がストとなり、バスや車の利用者が急増して交通渋滞が悪化した。W杯開催に反対する抗議デモは、いまだに収束する気配がない。
振り返れば2010年、前回大会が開かれた南アフリカでも治安の問題は開幕前に不安視されていた。だが、日本人サポーターが凶悪事件に巻き込まれて命を落とすことはなかったようだ。ブラジルでも当局が威信にかけて大会を成功させようと治安維持に努めるだろう。ただ一方では、現地を訪れる人は犯罪に遭わないためにもできる限りの自衛策を講じるに越したことはない。