「混合診療」問題が再燃している。安倍晋三首相は2014年4月16日に首相官邸で開いた経済財政諮問会議と産業競争力会議の合同会議で、保険診療と保険外診療を併用する「混合診療」の大幅な拡大の検討を関係閣僚に指示した。6月の成長戦略の柱の一つに据えたい考えだ。
混合診療は小泉政権時代の規制緩和論議以降、抵抗が根強い「岩盤規制」の代表例とされてきているが、単純に悪者扱いもできないようで、議論はなおもつれそうだ。
厚生省はこれまで原則禁止
病院で診療を受ける際、通常は公的保険を使って治療費の大半を保険でカバーする保険診療が行われ、一般的な健康保険は7割を公的保険がカバーしてくれる。これに対して全額を自費で負担する自由診療(保険外診療)もあり、大半が富裕層向けだが、インプラントなど歯科の分野では自由診療が活発に行われているので、経験している人も多いかもしれない。
混合診療とは保険適用の治療と自由診療の治療を併用することで、厚労省は、有効性や安全性に疑問がある治療法が横行しかねないとして、原則禁止としてきた。このため、混合で診療を受ける場合は保険適用分も含めて、すべて患者が負担しなければならないのが原則。例えば海外では使われていながら、国内では承認されていない薬を試したいという場合、本来なら保険が適用される検査や入院費用まで全額自費となり、患者に過度の経済的負担を強いているとの批判があるのだ。
規制改革会議が「選択療養制度」の創設を提言
ただ、現在でも「先進医療制度」として、100種類以上の高度先進医療で混合診療が認められている。これらは有識者会議が安全性や効果を審議して、厚労省が認めるもので、国が指定する医療機関で行われ、有効性や安全性が確認されれば保険適用となる。有効でないとされれば先進医療制度から外される。
この制度があるにもかかわらず、新たな制度が提唱されるのは、審査に時間がかかり、治療できる医療機関が限られるため、すぐにでも新しい治療方法や薬を試したいという患者の切実な希望にこたえられないというのが理由だ。
そこで規制改革会議は、混合診療を利用しやすくする方策として、「選択療養制度」の創設を提言した。患者と医師が合意すれば、医療機関を限定せずに混合診療を認めるというものだ。
難病などと闘う患者にとっては有難い提案と思えるが、ことはそう単純ではない。医療は一般の商品やサービスと違い、消費者である患者より医師の方が圧倒的に専門知識を持つという「情報の非対称性」がある。そもそも医療に「絶対」はなく、どんな治療がどのような効果があるかは明確にできない場合も多いから、有効性や安全性の判断は最終的に医師に委ねるしかなく、効果や副作用を後で患者が検証することは容易ではない。
医師会などは新制度に反対
実際に、これまでも国内外で承認された薬でさえ不適切な使用で多くの副作用被害を出すケースがあり、また市販後に新たな副作用や不具合が確認された薬や医療機器も珍しくない。そのために公的な審査機関で何重ものチェックをしているわけで、患者との「合意」を前提にするとはいえ、新しい治療法や薬を、個々の医師の判断に任せるのは無謀との指摘は多い。こうしたことから、当の患者団体をはじめ、医師会なども新制度に反対しているのが現実だ。
また、混合診療が広がると、製薬メーカーや医療機器メーカーは、膨大なコストをかけて国の承認をわざわざ得るインセンティブがなくなり、未承認のまま自由診療で提供することになりかねない。そうなれば、保険が頼りの低所得者は高額の新しい治療や投薬が受けられなくなる恐れがある。
さらに、混合診療の拡大は環太平洋経済連携協定(TPP)でもテーマになっている。高度な医療が自由診療であり続ければ、高額な医療費に備え民間の医療保険に加入しようと考える人も増えるだろう。つまり、混合診療拡大は、「保険分野での市場の開放という米国の要求に沿ったもの」(医療関係議員)と指摘されるのだ。
規制改革会議では、患者と医師が作成する診療計画の安全性評価を中立的な専門家に委ねるといった議論も出ているが、混合診療の拡大を支持する側からも、「より客観的なチェックには、新制度の創設よりも、国があらかじめ混合診療の対象となる治療法を定める現行制度の弾力的な運用が現実的だ」(産経4月29日朝刊「主張」)との指摘が出ている。