野生動物による「食害」が深刻化する中で、安倍晋三内閣は、生息エリアが広がっているシカやイノシシなどを駆除しやすくする鳥獣保護法の改正案を2014年3月に閣議決定して、開会中の通常国会に提出した。
「減らすべき鳥獣に対する取り組みが不十分だった」(石原伸晃環境相)として、法律の名称自体を「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律」から「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」に改め、生息数を適正規模に「管理」することを明記している。これまで野生生物の保護に重点を置いてきた鳥獣行政は大きな転換点を迎えた。
シカの生息数約20年で9倍近くに増
法改正の最大の理由は、各地で農作物などが食べられる「食害」の拡大。農林水産省によると、農作物被害額は2009年度以降、年間200億円を上回り、2011年度は226億円に達する。特にシカによる被害は2000~2007年は年間40億円前後で推移していたのが、2010年度には78億円、2011年度には83億円と急増している。イノシシも2011年は62億円で、シカとイノシシで全体の6割を占める。また、貴重な高山植物など生態系が荒らされる被害も年々、深刻化していて、全国30の国立公園のうち20カ所で被害が確認されている。
実際、シカなどの増加は著しい。環境省は2013年8月、1989~2011年度に捕獲された数などから、シカやイノシシの数を初めて推定。2011年度の全国のシカの数(北海道を除く)は、推定の中央値として「261万頭」とした。1989年度は30万頭と推計されるので、約20年で9倍近くに増えたことになり、このペースでいくと、2025年度には500万頭に達するという。このほか、北海道のエゾジガは道が約64万頭、イノシシは88万頭と推定されている。
ハンター人口減で捕獲伸びず
なぜシカは増えたのか。明治から昭和初期にかけ、乱獲で生息数が激減したことから、戦後は一貫して保護政策がとられ、分布エリアが拡大。戦後の造林で多くの木が伐採され、餌となる下草が増えた一方、オオカミなどの天敵も絶滅した。さらに、近年は農山村が過疎化、高齢化で耕作放棄地が広がってシカなどの生息域が広がる傾向に拍車がかかるほか、温暖化により積雪が減り、子ジカが冬に生き延びやすくなったことも要因と指摘される。
一方、2011年度のシカの捕獲数は北海道を除き27万頭にとどまる。ハンターが減っていることが大きな要因で、1975年に狩猟免許を持つ人は51万8000人いて、年齢層も30~40代と若い人が多かったが、2010年には20万人以下に落ち込み、しかも60歳以上が多数を占め、高齢化は深刻だ。
改正案は、数が著しく減少して保護すべき鳥獣と、数が著しく増加し又はその生息地が拡大している鳥獣の2種類に整理し、後者については都道府県が鳥獣の管理計画を定めるとしている。その上で、一定の技能を持ち、適切な安全管理ができる専門の「鳥獣捕獲等事業者」を都道府県知事が認定する制度を創設し、高い技術を使った効率的な捕獲を促す。安全が確保される場合に夜間の猟銃使用を認め、また、住宅地でも麻酔銃による捕獲を可能にする。網や罠を使った狩猟の免許の取得年齢を20歳から18歳に引き下げることなども盛り込んだ。特に鳥獣捕獲等事業者については、趣味の狩猟者頼みを脱し、プロによる効率的な捕獲につながると期待されている。
専門家を都道府県に配置することも重要だ
ただ、実際に効果を上げるには、狩猟者だけでなく、多くの人材の確保が必要というのが関係者に共通する見方。例えば、日本自然保護協会は、(1)捕獲圧を高めることによって、ツキノワグマやその他希少動物の錯誤捕獲の増加や、鉛弾の増加に伴う猛禽類などへの鉛中毒の増加が懸念される(2)民間事業者の事業を調整し、地域全体の野生動物管理を監督する行政官の野生動物管理の知識と経験が必須――などとして、認定事業者を監督する専門家を都道府県に配置することを要望している。こうした人材は一朝一夕で育つものではなく、息の長い取り組みが必要だ。
そもそも荒れた里山の環境を回復し、耕作放棄地を有効に活用するなど、長期的に生態系全体の保全を考慮して山の環境を整えていくことが重要になる。そのためにも、野生動物の分布状況の調査など科学的なデータの蓄積も欠かせない。
法律という「仏」ができたとしても、それに「魂」をいれるには、課題が山積している。