商船三井が所有する鉄鉱石運搬船が中国・上海海事法院(裁判所)に差し押さえられた問題で、日中の綱引きが活発化しそうだ。中国政府は「普通の商業契約に関する紛争に過ぎない」と、政府の関与を否定している。
だが、日本政府は中国側に外交ルートを通じて「適切な対応」をとるように強く求めており、差し押さえには中国政府の何らかの意図が働いているとみている可能性もある。
数十年越しで争いが続く
商船三井の発表によると、同社前身の船会社が1936に中国企業から借りた船2隻が日本軍に徴用され、そのまま沈没したり行方不明になったりした。中国企業側は1960年代にこの件を日本で提訴、時効を根拠に棄却されている。その後、中国で時効制度がスタートした直後の1988年、中国企業側は損害賠償を求めて中国の裁判所に提訴。10年8月には上海市高級人民法院が商船三井敗訴の判決を出し、11年1月には再審請求も退けられていた。商船三井は和解を目指して原告と示談交渉を続けていたが、「今般、突然差し押さえの執行を受けた」という。
1972年の日中共同声明では、中国は日中戦争時の賠償請求権放棄に合意している。このことから、菅義偉官房長官は2014年4月21日の会見で、差し押さえを「極めて遺憾」と非難。「国交正常化の精神を根底から揺るがしかねない」と指摘した。
報道官「中国政府は中日共同声明のすべての原則を堅持・保護する」
予想外だったのが中国側の反応だ。中国外務省の秦剛報道官は同日夕方の定例会見で、この訴訟について「普通の商業契約に関する紛争に過ぎない」と断言。差し押さえについては
「(原告と被告の)双方が和解を目指して何回も話し合いを重ねてきたが、残念ながら解決しなかった。こういった状況で、中国の裁判所は原告の請求にこたえて強制執行を命じた」
と無関係を強調し、
「この件と中日戦争の賠償問題とは何の関係もない。中国政府は中日共同声明のすべての原則を堅持・保護する、という原則的立場に変わりはない。法律にしたがって、中国は中国に投資した外国企業の合法的権益を保護する」
と原則論を述べた。
この中国側の反応に対して、菅官房長官は4月22日午前の会見で、
「本件をめぐる過去の経緯をみるときに、政府として本件訴訟と戦争との関係について、断定的に述べることは困難な面があることも事実」
と若干トーンダウンしたものの、
「外交ルートを通じで、商船三井の船舶が差し押さえられたことに対する遺憾の意を中国側に伝達し、中国側に適切な対応をとるように強く求めている」
と、中国政府として問題の解決にあたるように求めた。
中国政府の関与聞かれて「裁判中の懸案ですから…」とはぐらかす
「今回の動きは、中国政府自体がかかわっていると考えているか」
という「直球質問」には
「裁判中の懸案ですから…」
とかわし、
「いずれにせよ、政府に対しても私たちは強く申し入れているということ」
と繰り返した。
もっとも、中国外務省の報道官は、事実と異なる見解を述べることがあり、今回の差し押さえも「普通の商業契約に関する紛争」なのかは疑わしいところだ。07年から08年1月にかけて起きた毒ギョーザ事件では、中国側が原因だとの見方を当初は「憶測に基づく判断は事件捜査のためにならない」と批判。工場の職員が逮捕されてからは、ダンマリを決め込んだ。13年のレーダー照射事件でも、「日本の見解は完全にねつ造、でっち上げ」だと主張していた。