認知症の高齢者による「徘徊(はいかい)」が深刻化している。家族も本人が認知症だと気づかないままある日突然、姿を消して行方不明になるケースが増えているのだ。
最悪の場合、家を出たまま死につながったお年寄りもいる。こうした悲劇を防ぐため、地域ぐるみで手を差し伸べる自治体が全国のモデルとなっている。
防災無線で捜索協力呼びかける放送件数が急増
厚生労働省研究班が65歳以上の高齢者を対象に実施した調査結果によると、全国で認知症とみられる人数は2010年時点で約439万人と推定される。さらに「予備軍」である軽度認知障害に該当する人は約380万人という。
家を出て「徘徊」したまま所在が分からなくなる認知症の高齢者もいる。NHKが全国の警察に調査したところ、2012年に「行方不明」として届けられた人は約9600人に上った。このうち死亡が確認されたのは351人で、2012年末以降現在まで行方が分かっていない数は200人を超える。
2014年4月16日放送の「NHKニュースウォッチ9」では、2013年8月に家からこつ然といなくなった男性のケースを取り上げた。妻によると、男性は朝起きた後に1時間ほど散歩に出るのが日課だった。いつものように早朝外出したが、その日は全然戻ってこない。妻は近所を探し回るが発見できず、警察に届け出た。男性が見つかったのは8日後で、自宅から6キロ離れた公園のベンチにいたという。発見時は何も食べておらず、衰弱した状態でこう口にした。「今朝散歩に出て、道に迷ってしまった」。8日間の記憶がすっぽり抜け落ちていたのだ。病院で診察を受けたところ、男性は認知症だと判明。妻は「まさか」と驚いたという。家族にとっても予期せぬ診断結果だった。
別のお年寄りは、徘徊の末1か月後に凍死したという。部屋はテレビがつけっぱなしだったそうだ。本人すら、外出してから自力で帰宅できないとは想像すらしていなかったかもしれない。
近年は、自治体が防災無線を活用して行方不明になった高齢者の捜索協力を放送で呼びかけるようになった。例えば千葉県松戸市は、2013年の放送件数が21件で、すべて無事発見につながるなど効果が出ているようだ。山梨県甲府市の宮島雅展市長は、2014年1月10日の定例記者会見で「防災行政用無線においても、認知症による徘徊が疑われる行方不明に関する放送件数が急増している」と述べ、事態の深刻さをうかがわせた。こうした自治体は、甲府市に限らないだろう。
行方不明者を救い出すため「模擬訓練」を毎年実施
認知症で徘徊する高齢者を救うため、先進的なモデルをつくりあげたのが福岡県大牟田市だ。65歳人口の割合を示す高齢化率が2014年4月1日現在で32.4%に達する。全国平均の25.1%と比べて相当高い。
そこで市は「高齢者等SOSネットワーク」を構築した。捜索願が出ると警察は、地元の郵便局や駅、タクシー協会、ガス会社など協力団体に連絡する。そこからさらに郵便局員、タクシー運転手、従業員に情報が流れて捜索協力者が増えていく。民生委員を経由して校区内の公民館長、学校、PTA、商店など市民にも伝えられる。
仕組みを円滑に回す努力も怠らない。2004年度から年1回、「模擬訓練」を実施している。当日、「認知症による徘徊でお年寄りの行方が分からなくなっている」との想定で、高齢者数十人が「行方不明者」に扮し、連絡を受けた地元の人たちが市内を巡回しながら該当者と思われる人に声をかけたりして救援を試みるのだ。大牟田市長寿社会推進課は取材に対し、「参加者は年々増えています」と話した。最初はひとつの校区でのスタートだったが、2013年は全校区が参加し、人数は2000人近くに上ったという。
訓練で学ぶ重要なポイントが、徘徊者への「声掛け」だ。市のウェブサイトには、「近づきすぎず、しかし目線を合わせ、ゆっくりと穏やかな口調で」「わかりやすい簡潔な言葉で、一つずつ話しかける」といった細かなコツが書かれているが、最初はほぼ全員が話しかけるのをためらうそうだ。実は市では、国の方針に基づいて認知症に関する正しい理解を市民に広めるための「認知症サポーター養成講座」を実施しているが、これに加えて市独自のプログラムとして「徘徊者への話しかけ方」をロールプレイ形式で学ぶ講座を開いているという。ここである程度慣れてから、模擬訓練に臨むこともできる。
地域ぐるみで高齢者を救う大牟田市は全国の自治体の「見本」となっており、実際に同じような方式を取り入れるところが少なくない。一方で、近所づきあいや人間関係が希薄とされる東京でも、同様の対策は機能するだろうか。市長寿社会推進課の担当者は、「都会は人が多い分、高齢者を見かける『目』も多いはずです。あとは、関心さえ持ってもらえれば、行方不明となったお年寄りはかえって見つかりやすいと思うのですが」と話した。