北朝鮮の金正恩第1書記のスイス留学時の「後見人」だとされた「リ・スヨン」という人物が、外相に抜擢されたことが明らかになった。だが、奇妙なことに、毎日新聞は2013年12月、「リ・スヨン」氏が処刑されていたと断定的に報じていた。
ここ数年、毎日新聞は北朝鮮関連で大きな誤報を繰り返している。今回も誤報の可能性が指摘されているが、毎日新聞では、外相と処刑されていた人物が同一人物かは確認できていないとして、「今後も確認作業を続けます」としている。
処刑を「指導部に近い複数の関係者の話」として伝える
朝鮮中央通信によると、14年4月9日に開かれた最高人民会議でリ・スヨン氏が外相に選ばれた。最高人民会議は北朝鮮の国会にあたり、正恩氏の叔父にあたる張成沢(チャン・ソンテク)元国防副委員長の粛清後開かれるのは初めてだ。外相が交代するのは約7年ぶり。聯合ニュースによると、リ氏は1988年にスイス大使に任命され、正恩氏のスイス留学時代に「後見人の役割をした」という。さらに、リ氏はスイス滞在時に「リ・チョル」という偽名を使い、「金正日総書記の秘密資金を管理する『金庫番』との観測が出ていた」という。
実はこの「リ・スヨン」という名詞は、13年12月11日の毎日新聞朝刊の1面にも登場していた。見出しは「正日氏金庫番も処刑」。記事は張成沢氏の失脚に関連した内容で、リ氏について
「張氏に近く、かつて金正日総書記の金庫番を担当していたリ・スヨン朝鮮労働党副部長が処刑されていたことが10日、指導部に近い複数の関係者の話で分かった」
と処刑を断定的に伝えている。リ氏については、
「1988年に駐スイス大使に任命され、金第1書記のスイス留学中に生活の後見役を務めた人物」
と紹介しており、処刑の背景についても、
「張氏とともに海外との資金取引を仕切ってきた経緯があり、秘密資金の扱いをめぐる金第1書記側との対立などが背景になっている可能性もある」
などと解説する念の入れようだ。
現時点ではウェブサイトに記事掲載されたまま
この記事からは、処刑された人物と外相に就任した人物が同様の経歴をたどっていることがわかる。だが、毎日新聞社の社長室広報担当者は4月14日、
「朝鮮中央通信による4月9日の発表は『リスヨン』氏が外相に就任したというだけで、経歴には触れず、顔写真も公表していません。現段階では、外相に就任した『リスヨン』氏が、かつてスイス大使を務めたリスヨン氏と同一人物かどうかの確認はできていません。今後も確認作業を続けます」
とコメントを寄せ、同一人物かどうかの確認はできていないとした。現時点では誤報だと認めておらず、ウェブサイトにも記事は掲載されたままだが、確認作業の結果によっては記事の訂正に含みを持たせた形だ。
誤報の可能性をいち早くブログで指摘していたコリアレポートの辺真一(ピョン・ジンイル)さんは、
「北朝鮮に687人いる代議員(国会議員)に『リ・スヨン』という名前の人物は1人しかいない。代議員でなければ外相にはなれない」
と話す。スイス大使を務めるほどの人物であれば代議員に就任しているはずで、仮にスイス大使を務めた人物と新外相が別人だとすれば、かつては代議員の中に「リ・スヨン」が2人いたことになる。だが、実際はそうではないことから、毎日新聞の説明には納得していない様子だ。
正恩氏の写真取り違え、漢字表記間違いなど「前科」多数
すでに韓国メディアは、毎日新聞の記事を誤報だとみなしている節がある。例えば聯合ニュースは、
「張成沢処刑直後、日本のマスコミは、リ外相が処刑されたと報道した」
と指摘しながらも、13年12月31日に正恩氏が馬息嶺(マシクリョン)スキー場を訪問した際のテレビ映像にリ氏が映り込んでいたとして、リ氏は「健在さを誇示した」としている。
韓国側からこういった記事が出るのは、過去に毎日新聞が北朝鮮関連の大誤報を繰り返しているからだ。10年4月には、「金正日総書記に寄り添い製鉄所視察 正銀氏 初の近影」と題する記事を写真つきで報じたが、正恩氏として紹介された人が別人だという指摘が相次いだ。この時点では毎日新聞は「内容は事実と確信しています」と主張したが、半年後になって10年10月に写真の間違いを認めた。
また、「ジョンウン」の漢字表記がまだ明らかになっていなかった時点では、毎日新聞は独自取材の結果を踏まえて「正銀」という表記を続けてきた。だが、10年10月には北朝鮮が「正恩」の表記を発表し、結果として毎日新聞の表記が誤っていたことも明らかになった。
07年11月には、正恩氏の兄、正哲(ジョンチョル)氏について、
「同国の最重要ポストの一つである朝鮮労働党組織指導部副部長に抜てきされていたことが23日分かった。北朝鮮政権に近い複数の関係者が毎日新聞に明らかにした」
とも報じていたが、実際に重要ポストに就いたのは正哲氏ではなく正恩氏だった。