【震災3年 復興へ前を向く(2)】
間一髪津波を逃れた、あの旅館女将は「語り部」になった 「地震、津波は全国どこでも起こり得る」

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   岩手県釜石市中心部から車で20分ほどの場所にある鵜住居(うのすまい)地区。東日本大震災の津波で582人が命を落とした。その数は、市全体の犠牲者の半数を超える。

   海岸近くで旅館「宝来館」を経営する岩崎昭子さんは、一度は津波にのまれながらも間一髪で逃れた。今は女将として旅館を切り盛りする傍ら、積極的に震災の経験を話している。「地震も津波も三陸だけの問題じゃない」と、全国の人たちに備えの大切さを訴えたいからだ。

「被災地を『見たい』と思ってもらわないと困るのです」

常に笑顔で来客者を迎える「宝来館」の岩崎さん
常に笑顔で来客者を迎える「宝来館」の岩崎さん

   目の前には三陸復興国立公園の根浜海岸が広がる。「宝来館」は、そんな風光明媚な場所に建つ。いつもは穏やかな海が2011年3月11日、牙をむいた。

   旅館にいた全員、津波が押し寄せる前に建物の裏山に避難した。ところが岩崎さんは、近所で逃げ遅れた人の様子を見に行こうと山を下りた。しばらくして、一気に波が襲いかかってきた。必死に高台を目指す人たちの真後ろを大量の水が迫る。この様子は頻繁にテレビで映像が流されたうえ、今も動画サイトに残っているので、見た人は少なくないだろう。岩崎さんは、いったんは津波にのみ込まれて死を覚悟したそうだ。旅館の女性に引っ張り上げられ、命からがら難を逃れることができた。

   宝来館は2階まで波をかぶったが倒壊は免れた。震災直後は、避難所として開放。2011年夏から改修を始め、12年1月に旅館として再オープンした。現在は通常営業に戻り、記者が訪れた2014年3月中旬の週末は満室だった。

   一方でこの3年間、岩崎さんは積極的に津波の体験を語ってきた。当初はメディアを通じて、被災者支援に尽力してくれた人々に礼を伝えたかったのだという。だが徐々に、自ら訴えたい内容が見えてきた。それは「大地震や津波は三陸だけの問題ではない。日本全国どこでも起こり得る」という事実だ。だからこそ、こう強調する。

「被災地を『見たい』と思ってもらわないと困るのです」

被災地に来て何かを感じ取ってほしい

   決して興味本位ではなくても、被災地訪問が不謹慎ではないかと躊躇する人がいた。訪問者が釜石に来てからも「来てよかったのだろうか」と悩んでいると耳にした。岩崎さんは「『あの日』は私たちが背負っていく。若い人たちはここで何かを感じ取って、未来を築く糧にしてほしい」と声をかけた。話だけでなく、震災の記録を冊子にまとめて配布し、DVDまで製作した。

   一方では、豊かな自然に囲まれた故郷を多くの人に訪れてもらい、素晴らしさをアピールしたい思いもある。「津波が尊い大勢の命を奪い、いまも行方不明者がいる。それは分かっています」と話してから少しの沈黙。やがて、こう口にした。

「でもこの土地は、悲しみばかりじゃない。地域の皆さんと一緒に、私たちなりにふるさとを再建していくうえで、今はその途中です。人は前を向いていないと生きていけないでしょ」
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