中国雲南省昆明(クンミン)市の昆明駅で起きた無差別殺傷事件で、中国当局は2014年3月3日、現場から逃走していた容疑者3人を拘束した。中国当局は、犯行グループは全員が射殺または拘束されたとしており、新疆ウイグル自治区の独立を求める組織の犯行だと断定した。
「事件解決」というには不自然な点も多いが、政府から「新華社通信の配信記事に準拠しなければならない」という通達が出ていることもあって、事件の不自然さを指摘する中国メディアは皆無に近い。国際ジャーナリスト集団「国境なき記者団」は中国政府による「検閲」を非難する声明を出し、事件捜査の進展に関する情報をオープンにするように求めている。
中国メディアで目立つのは駅職員の「美談」
事件は3月1日夜に起き、刃物を持った集団が駅の利用者を切りつけた。これまでに29人が死亡し、143人が負傷した。中国当局の見解では、犯行グループは男6人、女2人の8人で、事件現場で4人を射殺、1人の身柄を拘束した。3月3日に拘束された3人と合わせると、犯行グループ全員の身柄を押さえたことになる。また、中国外務省の秦剛報道官は同日の会見で、
「東トルキスタンのテロリスト集団の旗やその他の物的証拠が事件現場で発見された」
と述べ、新疆ウイグル自治区の独立を要求する組織「東トルキスタン・イスラム運動」が事件を起こしたとの見方を示した。事件現場の規制線も解除され、一見事件は解決したように見える。中国政府としては、3月5日の全国人民代表大会(全人代)の開会までに事件の幕引きを図る考えだったようだ。
ただ、中国メディアは事件時に現場で約20本の刃物が押収されたと報じている。犯行グループメンバーが両手に刃物を持ったとしても余る計算だ。さらに、犯行グループのメンバーではなく駅の利用者が誤って射殺されたという指摘もある。この点を踏まえると、8人以外に実行犯がいる可能性があるのはもちろん、犯行を指示した「黒幕」も別に存在しているとみられ、新たなテロのリスクもある。
ただ、中国メディアは何らかの報道規制が行われているとみられ、この点について指摘する記事を見つけることはできなかった。3月5日時点で事件についてもっとも力をいれて報じているのは、昆明駅の職員が事件当時いかに利用者を守ろうとしたかを伝える「美談」だ。
その中でも比較的健闘しているのがタブロイド紙の「新京報」で、
「わずか25分で、暴徒はどうやって172人を死傷させることができたのか」
と疑問を呈した。単純計算すると、犯行グループ1人あたり、52秒に1人の割合で通行人を切りつけていたことになる。ただ、この記事では疑問に対する答えを自ら用意しており、直接的な政府批判は避けている。
「暴徒はきわめて残虐で専門的な訓練を受けており、犠牲者の大半が一撃で命を奪われている。昆明駅は人が密集しており、暴徒が突然犯行に及んでも人々は突然すぎて対応できなかったし、狭い空間で逃げられなかった」
「新華社通信の配信記事に準拠しなければならない」
パリに本部を置く国際ジャーナリスト集団「国境なき記者団」(RSF)は3月4日、事件に関連して「検閲」が行われているとして非難する声明を発表している。声明によると、中国国務院報道弁公室が中国メディアに対して出した通達は、以下のようなもので、独自取材と出稿を事実上禁じるものだ。
「新華社通信の配信記事か地方政府が提供した情報に準拠しなければならない。事件を大見出しで扱ってはならない。陰惨な写真を掲載してはならない」
RSFの声明では、中国語版ツイッターにあたる微博(ウェイボー)で流れている、
「まるで昆明では何も起こらなかったかのようだ」
「微博や微信(ウェイシン、メッセンジャーアプリ)がなければ、中央テレビ(CCTV)の夕方の番組みたいな幸せな世界にいられたのに」
といった皮肉を紹介しながら、
「当局に対して、事件と捜査の進展に関する完全な透明性を保証するように求める」
と求めた。
だが、微博も当局の規制を逃れることはできない。事件現場に居合わせた人のツイートや、現場の生々しい写真は今でも見ることができるものの、政府を批判する内容は続々と削除されている模様だ。結果として、事件関連では犠牲者を追悼したり、犯行グループを非難したりする内容のツイートが目立っている。