4月に税率が8%に引き上げられる消費税が景気回復の「腰折れ」要因になると懸念する声は少なくない。消費税率が3%から5%に引き上げられたのが1997年。バブル経済が崩壊して、山一證券や北海道拓殖銀行の経営が破たん。まさにデフレの入り口だったのだから、そんな声も当然なのかもしれない。
消費増税で、アベノミクスは失速するのだろうか――。第一生命経済研究所経済調査部・首席エコノミストの嶌峰義清氏に聞いた。
景気回復のムードだけで年率4%も経済成長した
―― 現状でアベノミクスの「成果」をどのようにみていますか。
嶌峰 かなりいいと思いますよ。2013年の世界の経済状況を見渡して、欧州景気はまだまだですし、中国など新興国にもブレーキがかかってきた。米国もようやく景気が回復し始めたところ。世界経済が全体的にまだマイナスの比重がかかるなかで、日本経済は2013年前半には一時、年率換算で4%も成長したのですから、これはものすごいことです。
―― でも、あまり恩恵がないようにも思えますが。
嶌峰 まだ(アベノミクスの恩恵を)実感できない人もいるでしょう。しかし、いまの景気回復の原動力になったのは個人消費です。安倍政権が誕生し、まず「大胆な金融緩和をやる」といった。アベノミクスの「第1の矢」です。それから急速に円安が進行し、実際に2割超の円安ドル高になり、そのおかげで株価が5割超も値上がりしました。これまでの日本経済は輸出企業が景気に大きな影響を与えてきました。その意味で今回の円安は、株価を押し上げる効果があったものの、実際に輸出が増えたかといえば、増えていません。つまり、これまでと違って輸出企業が景気回復をけん引したわけではなかったのです。
そうしたなか、株高によって資産が増えたこともあって、2013年の、とくに上半期に消費が活発になってムードが一変し、景気が回復基調に乗ったのです。それも、「財布のひもが緩んだ」だけで景気が上向いた。もっと言えば、景気回復のムードだけで年率4%も経済成長したわけ。よく「景気は気から」といいますが、まさにそのとおりになったのです。
―― 「ムードだけ」の景気回復で4月に消費税率を引き上げたら、景気はまた逆戻りしませんか。
嶌峰 現状の景気回復は「デフレ脱却」の最低条件、まだ入り口です。そのため、現状のままでは消費増税による景気失速の懸念がないとは言い切れません。しかし、家計への負担が軽減されれば、つまり賃金がしっかりアップすれば、モノを買う意欲は落ちません。試算では、1989年に消費税(3%)が導入されたとき、一人あたり1万5000円、4人家族で約6万円、家計全体で1兆8000億円の負担増があるとみていましたが、当時のバブル経済もあって影響は軽微でした。それが1997年の引き上げ時(5%)には一人あたり7万円、4人家族で28万円、家計全体で8兆円の負担がのしかかってくるとみていました。当時はバブルの崩壊後で、アジア通貨危機もありましたから、多くのエコノミストらが(引き上げに)大反対したのですが、政府は強行しました。その結果がデフレのはじまりでした。
今回、4月の消費増税(年金負担などを含む)で、家計全体にかかる負担は約8兆円。消費税率を現行の5%に引き上げた97年と同じくらいのインパクトがあるとみています。つまり、何も手を打たずに8%に引き上げるのだとしたら、再びデフレに逆戻りする可能性があるわけです。
企業が家計の増税負担を「肩代わり」
―― 政府は5.5兆円の消費増税の負担軽減策を講じましたが、それらは企業向けばかりのようですが。
嶌峰 たしかに政府の負担軽減策は、復興特別法人税の1年前倒しの廃止や、大企業の交際費の半額を非課税にしたり、設備投資した企業の法人税を軽減するよう措置したりと、どれも企業の負担を軽減するものばかりですが、企業が家計の負担を「肩代わり」すると考えればわかりやすいのではないでしょうか。
企業の負担は国が軽くする。その代り、給与所得者(家計)については企業が負担を軽減する。つまり、賃金をアップする。「企業偏重」との批判はありますが、家計への消費増税のショックを和らげるためには必要な措置ですし、こうした施策は、企業向けのほうが実効性が高いことがあります。もちろん、企業にはしっかりと「賃上げ」を実行してもらわなければなりませんが。
その一方で、低所得者層向けには現金を給付するなど、政府が直接的に家計負担を軽減することで景気の失速を防ぐ、というわけです。
―― 賃上げムードが高まってきました。
嶌峰 2013年冬のボーナスでは前年比3.47%増(経団連調べ)でした。景気がよければ、ボーナスは上がります。ただ、企業はまだ「いま景気がいいのは一時的」と思っていて、賃上げには慎重なのもたしかです。ボーナスで様子をうかがっているといったところでしょうか。
しかし、アベノミクスに必要なのは「持続的な賃上げ」、つまりベースアップです。賃金が上がれば、モノを買うモチベーションが上がります。モノが売れるので、物価も上がります。モノを「買いたいときに買う」環境を整えることが必要で、そのためには持続的な賃上げは欠かせません。
嶌峰 義清氏プロフィール
しまみね・よしきよ 第一生命経済研究所首席エコノミスト。青山学院大学経済学部卒、1990年岡三証券入社。岡三経済研究所を経て、92年日本総合研究所入社。この間、エコノミストとして各国経済を担当。93年日本経済研究センターへ1年間出向。94年以降、日本総合研究所へ戻った後は、米国経済・金融市場動向を担当。98年5月、第一生命経済研究所入社。日本経済担当、米国経済担当を経て、現在は金融市場全般を担当。2011年4月より現職。