1日の乗降客数が30万人以上にものぼると言われる武蔵小杉駅(神奈川・川崎市)で2014年1月8日朝、上りエスカレーターが急停止、逆走するという事故があった。
原因はまだわかっていないが、一因に「エスカレーター歩行」が考えられると指摘されている。エスカレーターは立ち止まっての利用を前提に安全基準が定められていて、「歩行」は本来「目的外使用」なのだが、利用者にはあまり知られていないのが現状だ。
羽鳥慎一「私も歩いてます」
14年1月9日放送の情報番組「モーニングバード!」(テレビ朝日系)では、畑村創造工学研究所・危険学プロジェクト研究統括の手塚則雄氏に話を聞いていた。
手塚氏によると、エスカレーターの予期しない故障の原因の一つに「エスカレーター歩行」があるという。多くの人が同じタイミングで足踏みすると、複数の振動が同時に起こることで衝撃が急激に増大する「共振」という現象が起こる。この衝撃がエスカレーターの寿命を縮めているというのだ。
エスカレーター歩行が危険だというのは、これまでにも度々指摘されてきた。日本エレベーター協会の公式サイトでは、「エスカレーターの安全基準は、ステップ上に立ち止まって利用することを前提にしています」と説明し、歩行禁止のマークを掲載している。
それにもかかわらず、「歩行は危険」という意識はあまり利用者に根付いていない。モーニングバード!司会の羽鳥慎一アナウンサーは「私も歩いてます」と言い、コメンテーターの玉川徹さんも、片側が空けられていないエスカレーターに乗ると苛立ってしまうと告白していた。
武蔵小杉駅が自宅の最寄り駅だという、都内で働く男性会社員に話を聞いたところ、事故があったエスカレーターはやはりいつも歩行している人が大量にいるという。それほど長くないエスカレーターのため、急いでいる時はかけ上っていくような人もいるだろうとのことだ。
エスカレーターの歩行禁止を呼びかけるような張り紙などはあるのか尋ねると「覚えがない」といい、もちろん歩いている人への注意なども見たことはないと話していた。
「手すりにおつかまりください」ステッカーで歩行者減少
危険なエスカレーター歩行だが、鉄道各社の利用者への呼びかけ状況はどうなっているのか。
事故があった武蔵小杉駅に乗り入れているJR東日本では、鉄道会社など計32社と共同で定期的に実施している「エスカレーター『みんなで手すりにつかまろう』キャンペーン」のポスターを、各駅の判断でキャンペーン期間終了後も掲示したり、駅が独自で作ったポスターを掲示したりしている。ただ立ち止まっての利用を強制はしておらず、今後呼びかけを強めていくという考えも現時点ではないとのことだ。
名古屋市営地下鉄は、04年7月から全国でいちはやく「歩行禁止」を呼びかけているが、歩行者はあまり減っていないのが現状だという。ただ、以前は「右側を空けるのが当たり前」と考える利用客が多く、右側に立っている人に対し「どけ」「邪魔だ」と怒鳴るような人もいたが、呼びかけを始めたことで、右側に人が立っていても「急いでいる自分が通してもらう立場だ」と遠慮するようになった、という意識改革があったようだ。これまではエスカレーターの側壁にポスターを掲示していたが、より見やすいように天井からぶら下げるなど、掲示方法の改善を行っている。
07年秋から呼びかけを始めた横浜市営地下鉄でも、やはり歩行者はあまり減っていないようだ。エスカレーターの側壁の張り紙や駅構内の放送などで、「マナーを守るようお願い」を続けていくとのことだ。
東京メトロでは「みんなで手すりにつかまろう」キャンペーンに参加しているほか、一部の駅で、高低差が10メートル以上ある改札内のエスカレーターと動く歩道の手すりに「手すりにおつかまりください」と書かれたステッカーを貼っている。12年3月にエスカレーター4基でこのステッカーを試験的に導入したところ、歩行率が52%から20%に減少したと公表している。
都営地下鉄では各駅に「エスカレーター内の歩行は、思わぬ事故のもとになりますのでご注意いただきますようお願いいたします」というポスターを掲示しているが、公式サイトでは「最終的にはマナーの問題ですのでお客様のご理解とご協力をお願いいたします」と書かれている。各社対応に苦慮しているというのが実態のようだ。