サッカー日本代表の本田圭佑選手が、イタリア1部リーグ(セリエA)の名門チーム、ACミランの入団会見に臨み、約30分間すべて英語で通した。通訳を付けず、記者からの質問にも堂々と英語で答えた。
ネイティブ並みの流れるような話し言葉ではないが、基礎レベルの単語を巧みに組み合わせたフレーズはむしろ理解しやすい。英語の専門家も「十分なレベル」と太鼓判を押した。
文法ミスがあっても臆せず話す人は高く評価される
「I wanted to come here. At first I want to become champion here.」(ここに来たかった。まずは優勝したい)
「I feel you expect (me) a lot. I will do my best.(皆さんの期待が大きいと感じている。ベストを尽くすつもりだ)」
記者からの質問に、本田選手は一つひとつ返していく。問われた内容を確実に把握したうえでの答えだ。「侍の精神とは何か」との風変りな質問には、やや苦笑気味に「I (have) never meet(met) Samurai.(侍を見たことがありません)」と口にして笑いを誘った後、「ただ日本の男性はネバーギブアップの精神で規律正しい。私もその精神を持っていると思う。それをピッチで証明したい」と続けた。本田選手なりの考えを込めた回答だった。
本田選手が話す英語には特徴がある。ワンフレーズをダラダラ長くしゃべるのではなく、短めの文をいくつもつないでいく手法だ。各文の意味が明確で、全体を通して何を伝えたいかが分かりやすい。小難しい表現はなく、使われている英単語は中学、高校レベル。それでも30分間よどみなく、時にはウィットを聞かせた見事な英語会見となった。
「英語のプロ」が絶賛したのは、堂々たる態度だ。国際会議での通訳業務で豊富な経験を持つ女性に聞くと、「あれほどしっかりした受け答えができれば、どんな場面でも英語で対処できます。通じない相手は誰もいません」と断言した。たとえ流暢でも、おどおどしていては軽く扱われてしまう。多少文法が間違おうがなまりがあろうが、臆せずに話す人の方が高く評価されるそうだ。
私立大学で英語を教える教員も、意見は同じ。「サッカー選手としては十分なレベルの語学力。場慣れしている印象で、どっしりと構えた話し方だと思います」と評した。
「完璧な英語」はいらない、「完璧なコミュニケーション」が重要
本田選手は高校卒業後にJリーグ・名古屋グランパスに入団するが、2008年、21歳でオランダに渡った。サッカージャーナリストで「フットボールレフェリージャーナル」を運営する石井紘人氏は、この経験が語学力アップのきっかけになったと考える。高校時代は主将を務めた経験から、チームメートと積極的にコミュニケーションを図った。オランダ時代も途中からキャプテンを任されている。もともとチームプレーのスポーツなうえ、強いリーダーシップを発揮する本田選手は、言葉の壁を乗り越えてピッチ内外で仲間と多く会話を交わしたはずだ。
インターネット上にはオランダ時代、その後移籍したロシア時代に受けた英語のインタビュー映像が残っている。初期は「カタコト」の域を脱していなかったが、ロシア在籍時は10分以上に渡って聞き手と英語でやり取りしていた。一貫しているのは、多少表現があやふやになっても慌てず、誠実に答える姿勢だ。石井氏は「たとえ専属通訳がいても、試合中にいちいち呼び寄せるわけにはいきません。監督によっては、ピッチに入れることすら嫌がるケースもあります」と話す。私生活ではともかく、「仕事」であるサッカーでは通訳に頼りっきりになるわけにはいかない。こうした環境と、本田選手の性格もあって、オランダやロシアでは各国から集まった選手たちと「共通語」である英語でやり取りが当たり前となり、語学力が磨かれていったのだろう。
前出の女性通訳は、「重要なのは『完璧な英語』ではなく『完璧なコミュニケーション』。ネイティブスピーカーが使うしゃれた言い回しを取り入れても、相手に通じなければまるで意味がありません」と指摘する。特にサッカーのような勝負ごとは、誤った意思伝達が致命的なミスにつながりかねないからこそ、誤解されることのない端的で明快な表現が求められる。聞き手が誰か、出身はどこかを問わず確実に意思が伝わる表現を選び、丁寧に話すことこそが最も大切なのだ。
会見を通して、自らの言葉でミラン入団への熱い思いを語った本田選手に対しては、「イタリアメディアやファンは好印象を持ったはず」(石井氏)。つかみはOK、あとは自身が語った通り、実力を「ピッチで証明する」だけだ。