岐阜県の県紙、岐阜新聞社(岐阜市)は2013年12月12日、堀江博海社長が辞任したと発表した。グループ会社の岐阜放送の社長も辞任した。堀江氏は12月9日付けで就任したばかりで、わずか4日での辞任は極めて異例。
後任には堀江氏の1代前の社長にあたる碓井洋氏が復帰する。堀江氏の辞任理由は「一身上の都合」としか明らかになっていない。だが、かつて30年以上にわたって社長を務めた杉山幹夫代表取締役会長が「一連の混乱を招いた責任を取り」退任することも発表されており、前代未聞の事態だと言える。
頭取退任は事実上の解任だと受け止められている
地元の十六銀行出身の堀江氏をめぐっては、「電撃人事」が続いている。12月9日に岐阜新聞の社長に就任した際も、人事が明らかになったのは就任当日のことだった。さらに、堀江氏は9月26日まで十六銀行の頭取を務めていたが、この退任の経緯も電撃的だ。同日午前の取締役会で堀江氏が突然辞意を表明し、後任の頭取を指名したという。
後任の村瀬幸雄頭取は「クーデターではない」と強調したが、事実上の解任だと受け止められている。この時点で堀江氏は会長ではなく取締役顧問に退き、岐阜新聞社社長就任と同時に取締役も退いている。
今回の岐阜新聞社長退任劇をめぐっては、同社は12月12日に堀江氏が「一身上の都合」で杉山会長に辞表を提出したことしか明らかにしていない。ただ、金融機関の元トップが新聞社の社長に就任することへの疑問の声が相次いでおり、このことが影響した可能性もある。
13年5月には十六銀行テーマにした連載も
岐阜新聞社の発行済み株数1万6000株のうち、12年9月時点で社主の杉山涼子氏が4700株、会長の杉山幹夫氏が715株を保有。堀江氏の出身母体の十六銀行も700株を持っており、第3位株主だ。大株主の関係者が出資先企業の役員に就任すること自体は珍しくないが、株主と新聞社との距離感が問われた可能性もある。
例えば13年5月には、岐阜新聞は十六銀行の名古屋進出をテーマにした連載記事を掲載している。そのまとめ記事では、
「岐阜県に本社を置く十六銀行の136年の歴史の中で、テーマをあえて名古屋進出に絞ることは、県紙・岐阜新聞にとっても一つの決断でした」
と連載を総括。頭取だった堀江氏のインタビューも掲載されている。
また、13年8月には連載をまとめた単行本も発売された。
堀江氏が辞任を発表した翌日の12月13日には臨時取締役会が開かれ、12月9日まで社長を務めていた碓井洋氏の復帰を決めた。さらに、発表文には、
「また、杉山幹夫代表取締役会長は一連の混乱を招いた責任を取り、代表取締役を退任し、取締役となりました」
とある。杉山氏は04年まで33年間にわたって社長を務めた。前出のように2位株主でもあり、社長退任後も会長として影響力を保ってきた。
これが影響しているのか、岐阜新聞社の社長ポストは入れ替わりが激しい。杉山氏の社長後任にあたる朝日新聞出身の松岡幸秋氏は05年12月に退任し、09年12月まで空席が続いた。09年に社長に就任したのが、今回復帰が決まった碓井洋氏だ。