中国が「猛毒」大気に苦しんでいる。東北部・ハルビン市などではぜんそくなどの症状を訴えて病院に駆け込む患者が続出し、公的機関なども一時閉鎖を余儀なくされた。
しかし現地では、政府の責任を追及するような声はほとんど起こっていないという。体制批判が許されないという「お国柄」に加え、身体を蝕む「死の大気」の中、漂うのはある種の「諦観」だ。
「大気汚染と死亡率の上昇を結びつけるデータない」?
無数の煙突や自動車から、もうもうと煙が立ち込める。その形は、巨大な鎌を持った「死神」そのものだ。マスクを着けた人々は不安そうに、しかしなす術もなく黒煙の中に立ち尽くしている。そんな不気味なイラストが、中国政府気象局のウェブサイトに載っている。
立ち込めるスモッグでろくに前すら見えない、ハルビン市の異様な光景は、まさにこれを具現化したものだ。2013年10月20日~21日にかけては、健康への影響が懸念されているPM2.5(微小粒子状物質)の濃度が急上昇、とうとう「爆表」=計測不可能状態となった。
2013年前半、こうした中国の大気汚染は「猛毒」「死の大気」などと称され、その飛来で日本中が大騒ぎとなった。日本でのPM2.5濃度は中国よりは大幅に低いものだったが、それでものどの痛みなどの症状を訴える人が出たことは記憶に新しい。
PM2.5再び――というわけで、今回もやはり日本メディアはしきりに大気汚染の脅威を説く。上記の「死神」のイラストなどは、日本から見た「死の大気」のイメージにぴったりだろう。
ところが肝心の「本場」中国では、日本ほどこの大気汚染問題が大きく報じられていない。「死神」も、気象局による「さまざまな情報が飛び交っていますが、大気汚染と死亡率の上昇を結びつけるデータはまだありません」という注意喚起として使われている。
北京訪れた海外歌手も喘息でばったり
もちろん公害患者は増えている。ハルビン市内の病院ではぜんそくや気管支炎などの症状で駆け込む人が続出している。北京在住の大物女優・劉暁慶さんも25日にぜんそくでダウン、ウェイボーで「地球のウイルスと空気は私にはきついわ……」とぼやくと、ファンからは「急いで空気のいいところに避難しましょう!」とのコメントが。
19日には、北京を訪れていた米国のジャズ歌手、パティ・オースティンさんがぜんそくの発作を起こして病院に担ぎ込まれ、公演中止になる騒動もあった。ニュースサイトなども、こぞって「ぜんそくの対処法」「ぜんそくに効く食べ物はコレ」といった特集を組む。
深刻な状況は、中国人にしても十分わかっているらしい。ましてやこの問題は工業化に伴う「公害」そのものだ。かつての日本のように、政府などの責任を問う運動が起こってもおかしくなさそうなものだが、なぜこうも淡々としていられるのか。
「中国人は身体が強いから大丈夫だ!」と自嘲
中国に詳しいノンフィクションライターの安田峰俊氏は、こうした中国人の大気汚染への態度をある種の「諦観」だと説明する。
「特にインテリ層の間では問題の深刻さは十分認識されています。しかし実際のところ、彼らが職や住居を捨ててまで逃げる決心がつくのか、例えば北京から離れられるかといえば、現実としてそれは難しい」
さらに、安田氏はこうも語る。
「また政府も、環境問題を本気で解決するなら経済発展をある程度犠牲にせねばなりませんが、国家の根幹である自動車産業や石油産業にタガをはめるのは容易ではありません。状況を短期間で根本的に変えることは不可能に近く、そのことを中国人もよくわかっている。だから、日本ほどには騒ぎになっていないんです。『中国人は身体が強いから大丈夫だ!』などと冗談は言っていますが」