安倍晋三首相ら政府首脳と経済界、労働界の代表がデフレ脱却への政策課題を話し合う政労使会議で、企業首脳らから賃上げ容認発言が相次いでいる。しかし、古賀伸明連合会長の表情は複雑だ。
好調な企業業績を材料に来年春闘で成果を上げ、組織率の底上げにつなげたい連合だが、経営側は労使交渉を前に早々に従来の態度を一変させた。いわば安倍政権に連合としてのお株を奪われた形なのだ。
経済界は安倍政権と夫唱婦随
「首相とか甘利さんの方から賃上げの要請というのはいっさいやっていないと私は認識をしています」
首相官邸で2013年10月17日夕開かれた第2回政労使会議。終了後、古賀会長は参加者の中で一番に会議室を後にし、整列するテレビカメラの脇を足早に素通りしようとするところを記者に呼び止められた。上記の言葉は「政府の方から企業側に対し賃上げの要請があったか」と問われた時の答えだ。
冒頭「総理や閣僚からはどのような発言があったか」との質問を受け、「それぞれの方が発言されたので私の方から多く申し上げる必要はないと思いますし、コメントできません」と説明を拒み、記者団を唖然とさせる一幕もあった。
それにしても、企業の中間決算はこれからが本番という時期。経済界側の政権との夫唱婦随ぶりは異例だ。米倉弘昌経団連会長は来年春闘の経営側指針となる経営労働委員会報告で会員企業に賃上げへの協力を求めることを表明。17日の政労使会議に出席した日立製作所の川村隆会長は「ベースアップも選択肢」と明言した。
隣で別の記者に囲まれていた古賀会長が「米倉会長が前向きな発言をしたかどうか私は知りません」とノーコメントを強調する歯切れの悪さとは対照的な光景だった。
政労使会議の目的について、政府の説明はいまひとつ明確ではない。9月20日に開かれた初会合では、甘利明経済再生担当相が「具体的な賃金制度に関する課題はテーマにしない」と断ってスタート。安倍首相もテレビカメラが入った閉会のあいさつで「政労使3者が胸襟を開いて議論を交わし、ともに成長の好循環を作っていきたい」と、あえて「賃金」の言葉を口にせずに締めくくった。企業の専管事項に政治が介入することは労使双方ともに抵抗感があることに配慮したのだ。
景気の腰折れが最大の不安要素
来年4月から消費税率を8%に引き上げることを決めた首相には、景気の腰折れが最大の不安要素だ。消費税増税に備えた経済対策に企業減税を盛り込んだものの、賃金上昇に結びつかなければ「支持率は一気に転落しかねない」(自民党幹部)だけに、賃上げを促す意図があるのは明確だ。
では、なぜ労働組合代表である古賀会長まで同席させるのか。同会議を担当する官僚は「古賀会長の参加が実現するかどうかが最大のカギだった」と語る。言うまでもなく、連合は野党民主党の最大の支持母体だ。その民主党は昨年の衆院選と7月の参院選で惨敗し、解党的な出直しを求められている。連合内には、自らの要求を政策に反映させるため「政権との対話のチャンネルが必要」(連合幹部)との声が高まっている。
先の官僚は「この時期に民主党の支持基盤を徹底的に揺さぶり、超長期政権の足場固めを狙った安倍首相と菅義偉官房長官の深謀遠慮」と解説する。経営者の財布のヒモが緩みそうな情勢下での古賀会長の渋い表情は、自らの存在意義が揺らぐことへの不快感だけでなく、民主党との関係をめぐるジレンマの裏返しに見えなくもない。