スマートフォンに没頭する乗客たちは、すぐ目の前で他人が殺されようとしていることに誰一人気づかなかった。
米サンフランシスコを走る通勤電車の車内で発生したのは、そんな不気味な殺人事件だ。
車内で拳銃を取り出し、平然といじくり回す
2013年9月23日、サンフランシスコ市営鉄道の車内で、20歳の男子大学生が突如乗客の男に銃撃され、死亡した。男は逃走したものの、当日夜に逮捕される。この射殺犯(30)は大学生と面識がなく、いわゆる「通り魔」的犯行だったと見られている。
この事件が人々の注目を集めたのは、防犯カメラが捉えていた犯行前後の車内の様子が、地元警察によって10月9日に明らかにされてからだ。
この日、通勤時間帯の車内は立ち客も出るなど、比較的込み合った状態だった。
野球帽をかぶった射殺犯の男は席には座らず、ドアにもたれかかりながら、落ち着きのない様子で体を揺らしている。この時点ですでにかなり不審だが、男はさらに拳銃を取り出し、反対側のドアの前に立つ客に向けた。
混雑した電車で、怪しい男が拳銃を構えた――普通ならば、即車内がパニックに陥るはずだ。ところが、乗客は誰も反応しなかった。ある乗客などは男からわずか数十センチの距離にいたが、むき出しにされた銃身に何の注意も払わない。地元検察官はその様子をこう説明する。
「男は拳銃を隠そうともしていませんでした。乗客はすぐ側にいました。しかし、誰もその行動に気づかなかった。なぜならスマートフォンで、メールやネットに夢中だったからです」
日本でも「歩きスマホ」の危険性が指摘
男はなおも周囲を挑発するように、拳銃の上げ下げ、さらには銃身で自らの鼻先をなでるような動作などを繰り返した。しかしそれでも、乗客たちはスマホを覗き込んだまま男に気づかない。結局電車が駅に着いたタイミングで男は、下車しようとした男子学生に銃口を向け、そのまま射殺した。
スマホ没頭の危険性は、日本でも再三指摘されている。特にいわゆる「歩きスマホ」は、周囲に不審者が近づいてきてもなかなか気づきにくいため、これを狙った痴漢被害が続出しているとも報じられる。また他の歩行者や車などとの衝突、駅のホームからの転落などを引き起こすとして、携帯電話会社や自治体、鉄道会社などが啓発キャンペーンを繰り返すが、なおも事故は後を絶たない。
地元の警察担当者は、スマホの動画撮影機能などがしばしば事件解決の助けになることを認めつつ、「スマホは、人間を犯罪にたいへん遭いやすくする」と語り、のめりこみすぎないよう注意を呼びかけている。