インターネットは国や地域に関係なく、自由にアクセスできるもの――日本人を含む多くの利用者が、こう思っているだろう。ドワンゴ会長の川上量生氏は、あえて「ネットに国境はできるか」との疑問を掲げ、解説を試みた。
現状ではネットの国境はあいまいで、違法な動画サイトやアダルトサイトでも海外にサーバーがあると国内法では取り締まれない。海外のコンテンツサービスは、日本の消費税支払いもすり抜ける。自国内だけでネットをコントロールするなら、海外のネットサービスのアクセス制限しかないと考える。
違法な動画を業者がパトロールするのは日本だけ
川上氏は2013年9月27日、主席研究員を務める角川アスキー総合研究所のシンポジウムで講演した。この日はMITメディアラボ所長の伊藤穰一氏、Rubyアソシエーション理事長のまつもとゆきひろ氏も登壇した。
ネットでは国境があいまいな現状について川上氏は、「利用者が特に疑問をもたず『そういうものだ』と理解している」点や、今のままの状態でネットを使い続けた方が経済的合理性ありと認識されている点を指摘する。またネットは自由で、国境で規制されるべきでないとのイデオロギーが利用者間に定着しているという。
ネットの「統治者」は誰か。利用者は居住国の法律で、またサービス提供者はサーバーの所在地の法律で、それぞれ縛られる。この環境下で、グーグルのようにグローバルな巨大ネット企業が影響力を増している。このような状況が、ネットの「治外法権」を生み出していると分析する。
例えば動画投稿サイト。国内サービスであるニコニコ動画の場合は、テレビ番組の録画のように著作権違反の動画がアップされていないかパトロールをして、発見したら即削除するそうだが「こういうことをやっているのは日本だけです」。ユーチューブは米国のサービスのため米国のサービスに従う。米の「デジタルミレニアム著作権法」では、掲載コンテンツが著作権侵害だとサービス業者が通知を受け、これを削除すれば業者は免責される。これに対して日本では、同様の事例だと業者は免責されないだろうと考える。過去の判例に、スナック経営者が営利目的でカラオケ装置を店に設置し、有料で客に歌わせたケースで経営者が罪に問われた「カラオケ法理」があるためだ。直接の行為者でなくとも、営利のネットサービス業者が著作権侵害の動画を配信し、削除に積極的姿勢を見せなければ、「カラオケ法理」同様に処罰されるだろうとみる。
正義か悪かは別として「極めてまっとうなやり方」
アダルトサイトの取り締まりも、日本は相当厳格だ。川上氏は「2ちゃんねるが自ら積極的に探し、削除している唯一のコンテンツがこれです」と話す。いわゆる「わいせつ物陳列罪」が業者に適用される恐れが高いためだ。ところが、サーバーが国内ではなく海外に置かれていると、国内法では罰せられない。
サーバーの設置場所の問題は、税金にも関連が深い。電子書籍のように、海外のサーバーから配信されるコンテンツには消費税がかからないのだ。企業が本社を租税回避地(タックスヘイブン)に置き、課税を免れるのと似ていると話す。
こうした状況の改善策として考えられるのが、国際的な協力体制の確立だ。実際に2001年に欧州で「サイバー犯罪条約」が発案された。不正アクセスに対して各国で協調して防ぐという内容で2004年に発効、日本では2012年から効力が生じている。明らかな国際犯罪行為に対抗する点では国際間での合意を得やすいだろう。一方で、「税金のように利害が絡む内容になると調整は難しい」と悲観的だ。すると国際協調できないジャンルは「無法地帯」となる。海外にサーバーが置かれているアダルトサイトに、日本の当局が強制執行できないままとなる。
自国内で国境を「確定」させる唯一の方法――川上氏は「アクセス制限しかありません」と説明した。自国の法律を守らない海外サイトを遮断するのだ。実際にこの方法をとっている国がある。中国だ。当局が「グレート・ファイアウォール」と呼ばれる巨大なネット規制システムを組み上げ、フェイスブックやツイッター、ユーチューブへの接続をはじき出す。言うことをきかない「有害サイト」はすべて取り締まるのだ。「正義か悪かは別として」と前置きしてから、国がネットをコントロールしようとする場合に「極めてまっとうなやり方」と話した。
日本でも今後、海外にサーバーのあるサービスとどう向き合うのか議論を重ねていくことの重要性を指摘した。