急速に高齢化が進展する中、都会の高齢者を収容する特別養護老人ホーム(特養)など介護施設を郊外や地方に整備しようと、行政サイドが動き始めた。地価が高い東京都心などで新たな施設を増やすのが難しいためだ。
ただ、「現代の姥捨て山」との批判もくすぶる。
「待機老人」は毎年4万人
特養は、原則として症状が重く手厚い介護が必要な人や所得が少ない人のための施設。自宅で介護サービスを受けるのと比べ介護給付費がかさむため、国全体として大きく増やす方針は取っていない。しかし、団塊世代が高齢者に近づく中、全国の高齢者人口の1割近くが集中する東京都を筆頭に大都市は施設不足が深刻で、「待機老人」は毎年4万人台で推移している。
中でも地価が高く設置費用が嵩む東京都心では、新たに特養などを増やすのは難しいのが実情で、23区の高齢者人口に対する特養の整備率は1.07%と全国平均の1.38%を大きく下回る。2020年東京五輪に向け地価や建築資材が上がれば、状況はさらに悪化する恐れも指摘される。
こうした事態の打開に積極的に動くのが東京都杉並区だ。区民が優先的に入れる特養を静岡県南伊豆町に開設することを計画しているのだ。同町は青い海と温暖な気候に恵まれるが、海水浴場から数分に、杉並区立の教育施設(2011年度末廃止)跡の更地1万6000平方メートルがあり、ここに特養を建設しようという構想を掲げる。町が施設を建設・運営する社会福祉法人を公募し、区、町、静岡県が建設費などを補助する計画で、入所者は60~80人規模を想定している。
同区内には特養12施設があるが、区の待機老人は2012年度末で1944人に上る。区の待機者へのアンケートでも、回答した約800人中、120人が南伊豆での入所を希望したという結果も出ている。
田舎に福祉施設ができれば地元に雇用が生まれる
受け入れる静岡県と南伊豆町には雇用増など期待がある。厚労省が3月にまとめた自治体アンケートで、回答した約850のうち90超が「高齢者施設を誘致したい」と回答。東京都民専用の特養を町内に建てようと2010年から2度、国へ特区申請してきた山形県舟形町(いずれも却下)はその代表格。奥山知雄町長は「100名の施設を造れば、雇用が80人生まれる。企業誘致は厳しく、一番即効性のあるのが福祉だ」と訴える。
ただ、現行制度のままでは簡単に実現しない。国の指針で、都道府県は特養などの施設を、区域(老人福祉圏)ごとに設けた枠内で整備する必要があるからだ。東京23区の場合、7区域に分け、そのエリア内で施設整備するということだ。
確かに、特養には「住所地特例」で入所前に住んでいた自治体が運営費を負担する仕組みがあることはある。ただ、介護保険法に基づく厚労省令で、特養の入所者は「地元住民を優先させる」としているため、実際には「杉並区民のための施設」は簡単ではない。
さらに国民健康保険料や生活保護費の負担問題が出てくる。入所できた場合に住民票を町に移すことになるが、国保保険料は、74歳までは杉並区が負担できるが、75歳になって後期高齢者医療制度に移行した場合は南伊豆町負担になる。入所者が生活保護費を申請した時の負担は静岡県になるなど、課題が山積する。
厚生省も国の指針改定に動く
厚生労働省も重い腰を上げ、5月に有識者と自治体代表らでつくる「都市部の高齢化対策に関する検討会」を発足させた。同検討会が9月20日にまとめた報告書は、区域外の介護施設などの整備を限定的に認め、後期高齢者の保険料負担を移住前の自治体が負担できるようにするほか、住所地特例を特養以外のケア付き住宅にも拡大することなどを打ち出した。厚労省は報告書を受け、2014度中に国の指針を改定し、2015年度から適用したい考えだ。
ただ、老人の地方移住には、「現代の姥捨て山」になるのでは、という批判が付きまとう。厚労省も、医療と介護が連携した「地域包括ケアシステム」の整備を大方針に掲げているだけに、本音では遠隔入所の推進に及び腰。東京23区の半分以下と安い多摩で23区住民向け特養を整備できるようにするなどを想定しており、県境を超える杉並区・南伊豆町のような例は、先の同省の検討会報告書でも、あくまで例外とし、自治体間に連携・合意がある場合に限って認める方針を示した。杉並区も、本人の意思はもちろん、家族との連絡が密かなどを考慮して入所者選定には慎重を期す考えだ。