訪米中の安倍晋三首相が、「日本アピール」のための演説を精力的にこなしている。米シンクタンクやニューヨーク証券取引所(NYSE)では、ユーモアや「対抗勢力」に向けた皮肉を交えながら自説を主張した。
2020年の東京五輪開催を勝ち取った背景には、国際オリンピック委員会(IOC)総会での首相の力強いメッセージがあったと海外メディアが報じたほど、最近の首相のプレゼン力は評価が高い。支えるのは、元記者のスピーチライターだ。
「軍事支出が日本の2倍の隣国」を皮肉る
「Buy my Abenomics.(アベノミクスは『買い』です)」
NYSEで2013年9月25日に演説した安倍首相がこう口にすると、聴衆からは笑いが起きた。2010年の映画「ウォール・ストリート」で、マイケル・ダグラス演じる大物投資家が言い放つ「Buy my book.」というせりふをもじったとみられる。NYSEがウォール街に建つのを意識して取り入れたのだろう。
首相は来賓として、NYSEの取引終了の儀式にも臨んだ。木づちをたたく後ろには日の丸が掲げられ、そこには「JAPAN IS BACK」「INVEST IN JAPAN」と書かれていた。演説でも「『Japan is back』だということをお話しするために、ここに来ました」と語りかけ、日本の復活が「間違いなく世界経済回復の大きなけん引役になる」とアピールした。
米シンクタンク、ハドソン研究所主催の講演では日本の集団的自衛権の行使に理解を求めた。強調したのは、日本が世界の平和と安定に積極的に貢献していく姿勢だ。中国や韓国は、首相の外交や防衛政策に「日本の右傾化だ」としばしば批判している。これに対しても「答え」を用意した。日本の防衛費は11年ぶりに増額したが、「防衛費は0.8%上がったに過ぎません」。一方で「我々には、軍事支出が少なくとも日本の2倍という隣国があるのです」と指摘。そのうえで「私を右翼の軍国主義者と呼びたいのなら、どうぞ」と突っぱねた。国名こそ伏せたが、ことあるごとに「口撃」してくる「隣国」を皮肉った形だ。
NYSEでは日本語、シンクタンクの講演は英語と使い分けた。2020年の五輪開催地を決める9月7日のIOC総会では、全編英語だった。問題視されていた東京電力福島第1原発の汚染水問題について「状況はコントロールされている」と宣言。質疑でも「影響は港湾内の0.3平方キロの範囲内で完全にブロックされている」と説明したうえ、抜本解決のために自らが責任もって対処していると強調した。汚染水が完全に遮断されているかどうかはその後異論も出たが、IOC総会の場で首相が世界に解決を公約したことで、「東京五輪実現」の流れが決まったとの評価は少なくない。
「日本人として言うべきこと言わねば」が持論
国際舞台で堂々とスピーチを披露する首相。その立役者として名前が挙がるのが、内閣審議官の谷口智彦氏だ。「AERA」9月23日号では、谷口氏の貢献ぶりを紹介している。
元は経済誌「日経ビジネス」記者で、英語に堪能。「日本人として言うべきことはきちんと言わなければならないし、そのためには自分で発信することをちゅうちょしていては何も始まらない」が持論だという。
6月2日付の日本経済新聞も、谷口氏を詳しく取り上げた。第1次安倍内閣では外務副報道官を務め、当時の麻生太郎外相の訪米時の演説原稿を英語で書いていたという。こうした経験を踏まえて首相がスピーチライターに指名した。外交演説では初稿から起草するケースも少なくなく、5月のサウジアラビアでの演説は「共生・共栄・協働」というキーワードを提案、日本が中東から石油を輸入する「一方通行の関係は過去のもの」と位置づけ、「21世紀は共に生き、共に栄える世紀だ」との内容にまとめた。
首相は演説のシナリオに、現地にまつわるエピソードを取り入れたがるという。今回、NYSEで映画「ウォール・ストリート」のセリフを散りばめたのも、首相の意向を谷口氏がくみ取ったのかもしれない。
米国時間9月26日にニューヨークの国連総会で行われる一般討論演説の中で、首相は女性重視をアピールする予定だ。従軍慰安婦をめぐる日本政府の姿勢を強く批判している韓国をはじめ、諸外国に対してどんな内容で日本の立場を説明するかが注目される。