米国の研究チームが、車を運転するテレビゲームを高齢者にやらせたところ脳の認知力が改善したとの結果をまとめた。過去にも、ゲームが高齢者の脳に効果があったとの研究内容が発表されている。
娯楽として楽しむだけでなく、今後の高齢化社会でゲームが重要な役割を果たすかもしれない。
複数の作業を同時にこなす「マルチタスク能力」改善
米カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)のアダム・ガザレイ博士が率いる神経科学の研究チームは、高齢者の脳にゲームが与える影響に関する論文を英科学誌「ネイチャー」2013年9月5日号で公表した。
被験者は60~85歳の46人で、4週間にわたって計12時間「ニューロレーサー」という3Dのカーレースゲームをやらせた。プレーヤーはパソコンの画面に映し出される車を、コントローラーで操作して正しく動かす。「運転中」に風が吹いたり、坂道をクリアしたりする。画面上に特定の色や形をした「サイン」が現れたら、右手の指でコントローラーを操作して消さなければならない。こうした動きで実生活に必要な集中力、臨機応変な対応力、記憶力を試験した。
ゲームのように複数の作業を同時にこなす「マルチタスク能力」は、加齢によって劣化するのが常。だが4週間の実験の結果、被験者の点数はゲームをプレーしなかった20代よりも高く、マルチタスクのレベルは6か月後も維持されていたという。
ニューロレーサーは、ガザレイ博士のチームが特別に開発したゲームだ。ネイチャー誌では、この実験により、適切に設計された訓練方法があれば、加齢で衰えた認知力を改善できる可能性があることを示したとしている。
類似の研究はほかにもある。米アイオワ大学では、別のテレビゲームで実験した。2013年5月6日付のAFP通信の記事によるとゲームは、プレーヤーが、最初の画面で道路標識や車の絵が短時間表示されている間に絵柄を覚え、次の画面で出てくる選択肢のなかから2つを当てる「ロードツアー」というもの。正答率が低いと次のレベルに進めず、段階を追って難しくなる。
被験者は、「ロードツアー」を続けたグループと、電子版のクロスワードパズルをやらせたグループに分けた。1年後の再測定で、最低10時間ロードツアーをプレーした組の認知能力は3歳、14時間の組は4歳、それぞれ若返ったという。クロスワードパズルのグループと比較すると、認知能力は1.5歳~7歳近くも若返りを見せたそうだ。論文は米科学誌「プロスワン」に掲載された。
「ゲームが万能薬だと考えてはならない」
海外の医療事情に詳しい専門紙の記者に取材すると、「科学的なエビデンスが十分積み上がっていないと、数本の論文だけで結論を出すわけにはいきません」と前置きしたうえで、「論文が、権威のあるネイチャーやプロスワンに掲載されている事実を踏まえると、研究の成果に一定の信頼があると考えられます」と話す。いいかげんな内容の論文なら審査段階で落とされるし、教育機関や国が補助金を支給せずに研究自体がとん挫しているはず、というわけだ。事実、2008年には米イリノイ大学で、あらかじめ「研修」を実施した60~70歳の被験者が、自力で都市を建設する複雑なシミュレーション型テレビゲームに挑戦したところ、「研修なし」のグループより記憶力や推理力、変化したものを特定する能力が改善したという研究結果もあった。「テレビゲームと高齢者の脳」は、全米の複数の研究機関で数年にわたって取り上げられているテーマなのだろう。
ただ、「ネイチャー」でガザレイ博士が「ゲームが万能薬だと考えてはならない」と警告しているように、どんな種類のゲームでも高齢者の認知力を改善するわけではない。専門紙の記者も、ガザレイ博士の実験で使われた「ニューロレーサー」が「特注」だった点を指摘し、「試験結果を導くためにプログラムされており、市販されているゲームとは違う」と話す。しかし裏を返せば、「ニューロレーサー」の要素を取り込んだ類似のゲームを開発すれば、さらなる成果が期待できるかもしれない。
従来はチェス、日本なら囲碁や将棋といったボードゲームが高齢者の「脳トレ」になると言われていた。これからはテレビゲームが、脳の活性化にひと役買う時代になる可能性はある。