一時は五輪競技からの除外の危機に直面したレスリングが、国際オリンピック委員会(IOC)総会で、2020年の東京大会での存続が決まった。野球・ソフトボールとスカッシュを抑えての「カムバック」だ。
ルールをはじめとした改革が認められた形だが、そのひとつに階級の変更がある。女子は4階級から6階級となり、各階級の制限体重も変わる。「絶対女王」の吉田沙保里選手と伊調馨選手も、影響を直接受けることになった。
食が細く、ロンドン五輪前に貧血の診断
日本のお家芸であるレスリングの残留は、2020年の東京五輪決定に続く朗報となった。2012年のロンドン五輪では、男女合わせて金4、銅2のメダルを獲得している。中でも女子55キロ級の吉田選手と同63キロ級の伊調選手はアテネ、北京、ロンドンと五輪3連覇中だ。
女子の場合、体重の区分は48キロ級、55キロ級、63キロ級、72キロ級に分かれている。だが2016年のリオデジャネイロ五輪から変更。新しい区分は48、52、56、61、66、72キロ級の6階級となるという。吉田、伊調両選手の階級は共に消滅するため、階級を上げるか下げるかを選ばねばならない。
複数の報道によると、ふたりとも今より下の階級でリオ五輪を目指す模様だ。つまり吉田選手はこれまでと比べて体重の上限が3キロ、伊調選手は2キロ、それぞれ減る。だが、体脂肪率の低いレスリングの選手がさらに減量するのは簡単ではないはずだ。吉田選手は逆に1キロ増で56キロ級に上げた方が「近道」のようにも思えるが、わざわざ下げる理由は何だろうか。
ヒントは吉田選手のブログにあった。ロンドン五輪を目前にした2012年5月30日、乳製品のCM発表会に出席した話題の最後にこんなことを書いている。
「健康診断で、貧血と診断されたのでロンドンオリンピックまでには、治るように、鉄分をいっぱい食べなきゃ」
実はこの直前、吉田選手はレスリング女子ワールドカップに出場し、団体戦でロシアの選手に敗れていた。実に2008年1月以来の敗戦。体調は万全ではなかったようだ。2012年10月27日付の「女性自身」では、吉田選手を指導する栄和人氏がその時の貧血の診断について、「厳しい運動はとても無理だという数値でした」と振り返っている。さらにこんな「秘密」を明かした。
「貧血の原因は鉄分の不足です。なぜ不足するかというと彼女は、ああ見えても食が細いんですよ」
本来63キロに満たず、海外選手との戦い不利だった
栄氏の妻が吉田選手のために特別な献立をつくったが、本人は少ししか食べられない。しまいには栄氏に怒られて泣きながら食べたというエピソードも、女性自身で紹介されていた。
伊調選手の場合、高校時代は当時の56キロ級で戦っていた。2000年、2001年には吉田選手と全日本選手権で顔を合わせ、いずれも苦杯をなめている。それもあってか、2002年に63キロ級に変えた。つまり、もともとの階級から増量していたのだ。
ロンドン五輪を控えた2012年4月25日付のスポーツニッポンは伊調選手の特集記事の中で、「本来、体重が63キロに満たない伊調にとって、前日計量後に体重が増えてくる同階級のライバル、特に海外選手との戦いは圧倒的に不利」と説明している。そこで、無用なパワー勝負を避けてピリオド終盤に1点ポイントを取って勝つ戦法を徹底し、その後の「黄金時代」につなげたそうだ。
要するにふたりとも、自分にとって最適な体重よりも上のクラスを主戦場とせざるをえなかったうえ、五輪3連覇の偉業を達成していたことになる。今回の階級変更について両選手は「体も動きやすくなるので問題ない」と語っているようで、これまでの経緯を考えるとむしろプラスに作用しそうだ。
吉田選手は東京五輪が決定したらそれまで現役を続行すると「公約」していたが、自身にとってのベスト体重の階級が設けられたことで伊調選手ともども選手寿命が延び、リオ五輪で前人未到の4連覇、そして母国での5連覇をもつかみ取るかもしれない。