ネット右翼=ネトウヨは、低学歴でニート(またはワーキングプア)であり、異性からも相手にされない「底辺」の若者が、格差社会への憂さ晴らしとして韓国・中国を標的にしているに過ぎない――そんな言説をよく聞く。実際、批判派が揶揄する際も、小太りで不潔な「アキバ系」男性というステロタイプがよく用いられる。
こうした見方に異を唱えるのが、『ネット右翼の逆襲 「嫌韓」思想と新保守論』を2013年4月に上梓した古谷経衡さんだ。フジテレビデモを取り上げた著作などで知られる古谷さんは自らの調査結果を元に、上記のようなイメージは幻想に過ぎないと語る。
ネトウヨの多くは恋愛経験も「人並み以上」
――現在広まる「ネット右翼」像と、現実にはどのようなギャップがあるのでしょうか。
古谷 一般的に「ネット右翼」をメディアは、
(1)低学歴・低所得
(2)オタク、あるいはひきこもり
(3)モテない、社会性がない
といったイメージで捉えてきました。漫画家の小林よしのりさんはさらに具体的に、「年収200万円以下」と発言しています。しかしそれは私の周りを見ても実態と違うと感じ、ネットを通じて約1000人を対象にアンケート調査を行うことにしました。大半は、思想的に保守傾向が強い、メディアなどからは「ネット右翼」と呼ばれる層の人々です。
その結果ですが、まず年齢は平均38.15歳。学歴に関しては63.3%が「四大卒(中退含む)」以上で、同年代(2010年国勢調査における35~39歳の「四大卒以上」は23.14%)と比べても3倍近く差がつきました。
――学歴は高いといってもおかしくないですね。
古谷 こんなに差が出るとは思いませんでした。年収もだいたい平均400万円台後半と、やはり同年代の平均をやや超え、恋愛経験も自己申告ですがほぼ一般的なレベル。住んでいる場所は4割が首都圏です。こうして見ると、「大都市に住むミドルクラス」というのが、ネット右翼と呼ばれる層の実相ということになる。小林よしのりさんが言うような「貧乏なネット右翼」というイメージは事実として覆されたと思います。
「ネット右翼」の根幹をなすのは「アンチ・メディア」
――年齢面でも、38.15歳というのは思った以上に高いですが。
古谷 精神科医の香山リカさんや社会学者の萱野稔人さんなど、メディアや多くの学者は格差社会による若者の貧困がネット右翼を生み出したとし、フランスなどの移民排斥運動と同じ構造だと論じています。しかしこれは全くの間違いです。調査結果からわかるとおり、実際の「ネット右翼」と呼ばれる人たちは決して貧困ではない。
日本における「ネット右翼」の根幹はむしろ「既存メディアへのアンチ(反発)」です。「嫌韓」が生まれたきっかけも、特に2002年の日韓W杯当時、メディアの中で韓国への批判が一種の「タブー」となっていたから。当時メディアへ反発した人たちは情報を求めて、ネットの世界に流入していった。彼らがそのころ20代だったとして、そのまま10年経って「高齢化」したとすれば、「38.15歳」という年齢は納得がいく。
「ネット右翼」と呼ばれる層、保守・愛国に「目覚めた」という人々は欧州の極右より、米国の「福音派」(宗教右派)に似ている部分があると思うんですね。福音派も、裕福な30代以降の人があるとき「目覚めて」信者になるパターンが多い。
――メディアでは「若者の右傾化」という形でしばしば報じられますが、だとすればまったく的外れということにもなります。
古谷 ですから左の方には「全然心配する必要ないですよ」と言いたい(笑)。実際に反原発のデモなんかを見ても、若い人が多いですよね。この間の参院選で山本太郎さんが若い世代を中心に66万票以上を集めたのも、まさにその証拠です。
逆に「最近の若者はまともになっている」と安心している保守派は、もっと危機感を持つべきです。
「電車男」と「ローゼン麻生」が生んだネトウヨ像
――「オタク」で「愛国」……こうした「ネット右翼」のイメージはどのように形作られたのでしょうか。
古谷 1つは、「電車男」だと思います。2005年にドラマ化、映画化され大ヒットしましたが、この作品に登場するネットユーザーたちは、「アキバ系」「パラサイト(低収入)」「童貞」の主人公を始め、実生活で問題を抱え「はけ口」を求めてネットにのめりこむ人々として描写されました。これが、ネットへの蔑視と、ネットユーザー(2ちゃんねらー)=アキバ系の「電車男」というイメージを広く植えつけた。
もう1つは、麻生太郎さんの存在です。「漫画好き」を公言する麻生さんは2006年から繰り返し秋葉原で演説を行い、2ちゃんねるなどにも言及するようになりました。そうした様子が報じられるうちに、「秋葉原」と「愛国」のイメージが人々の中で結びついていったのでは。実際には、秋葉原の人々は政治的に無色、あるいは表現規制問題などに関してかなり「左」がかったことも言っているぐらいなんですけどね。
こうして「電車男」「麻生太郎」という2つの接着剤で、「秋葉原」「2ちゃんねらー」「保守・愛国」という3者が結びついてしまった。それが「ネット右翼」というレッテルだと思います。
――2005~6年という時期が1つのターニングポイントになったということでしょうか。
古谷 おっしゃる通りだと思います。2006年には小泉内閣も退陣したし、堀江貴文さんの逮捕もこの時期でした。ネットもYouTubeやニコニコ動画が誕生し、「テキスト」から「動画」の世界になっていった。いろんな意味で世の中が動くターニングポイントだったのではないでしょうか。
ネット右翼は「在特会」には批判的だ
――在日特権を許さない市民の会(在特会)などによるヘイトスピーチ問題が物議を醸しています。「ネット右翼」たちは、在特会などをどう見ているのでしょうか。
古谷 「ネット右翼」と呼ばれる層の多くは、在特会などに対し、「下品だ」「やり方が悪い」などと否定的です。とはいえ、思想面では結局どちらも「嫌韓」で同じ。いくら在特会の方法論だけを否定して、自分たちは「キレイな嫌韓」と主張しても、メディアの多くは「嫌韓」自体がダメだという論調ですから。反論するならば方法論ではなく、自分たちは朝鮮民族ではなく「韓国政府」への批判をしているんだ、思想が違うんだと言えばいいんですよ。
――今回の著作の意義について改めてお聞かせください。
古谷 これまでは「ネット右翼」を、批判的な立場からバカにするか、保守の側から礼賛するかの議論しかなかった。しかし保守の論客はネットや若者について詳しくない人が多いので、「ネット右翼」について語れなかったんです。そこに自分を含め、どこかもやもやした思いがあったが、今回その部分を言語化できた。「ネット右翼」について、実態や社会的な背景を考察したものは初めてだと自負しています。
古谷経衡氏 プロフィール
ふるや つねひら 1982年生まれ。立命館大学文学部卒業。ネットと「保守」、マスコミ問題、またアニメ評論などのテーマで執筆活動を展開するとともに、CS放送やインターネット番組などにも多数出演している。著書に『ネット右翼の逆襲』(総和社)、『竹島に行ってみた』『韓流、テレビ、ステマした』『フジテレビデモに行ってみた』(いずれも青林堂)など。