宇宙の成り立ちの謎に迫る超大型加速器「国際リニアコライダー(ILC)」を建設する国際的な計画について、わが国の学術界を代表する日本学術会議の検討委員会が日本への誘致は時期尚早とする見解をこのほど大筋でまとめた。
巨額の建設費や、世界中から研究者の参加を見込める保証がないなど課題が多く、慎重に2~3年検討して判断すべきだとしており、同会議として9月に正式な見解をまとめ、文部科学省に回答する。政府は同会議の同意を誘致の条件の一つと位置づけていたため、早期誘致にブレーキがかかりそうだ。
31キロ地下トンネルでビッグバン直後を再現
ILCは質量(重さ)の起源とされるヒッグス粒子を発見した欧州合同原子核研究機関(CERN)の大型加速器の次世代機にあたる。全長31キロの直線の地下トンネルで電子と、正の電気を帯びた陽電子をほぼ光速まで加速して正面衝突させ、エネルギー状態が極めて高い宇宙誕生(ビッグバン)直後の状況を再現し、宇宙の成り立ちの解明を目指す。
素粒子物理学の研究者の国際組織「国際リニアコライダーコラボレーション」(LCC)が推進していて、2015年をメドに建設地を決定し、約10年かけて建設、30年までに実験を始める計画。建設費は約8300億円にのぼり、建設費の半分程度を立地国が負担することになっているため、欧米各国は誘致に消極的で、国際的には日本に期待が集まっている。
国内では、岩手・宮城両県にまたがる北上山地と、佐賀・福岡両県にまたがる脊振山地の地域が誘致に名乗りを上げているが、政府は正式な態度は決めておらず、文科省が同会議に検討を求めていた。
文科省は今回の「見解」に頭を抱える
学術会議は、4000億円超と見込まれる日本の財政的負担が、他の学術分野の資金調達に悪影響を及ぼす懸念があると判断した。また、建設に必要な1000人規模の加速器研究者の参加が保証されていないことへの懸念もある。この分野の日本の研究者は300人程度とされ、多くを海外から呼ぶ必要があるからだ。検討委員会の家泰弘委員長(東大物性研究所教授)は2013年8月6日の会合後、「国民の理解を得るため、今後専門家以外も入れ、数年かけて調査研究し、再度、誘致の是非を検討すべきだ」と述べた。
文科省は、「学術会議のお墨付きを得て正式に誘致を決める予定だった」だけに、今回の決定に頭を抱える。というのも、ILCは国際宇宙ステーション、国際熱核融合実験炉(ITER)などと並ぶ巨大プロジェクトの一つで、「日本が初めて国際的な共同研究プロジェクトを率いる好機」というのが文科省としての位置づけ。日本の素粒子物理学は、多くのノーベル物理学賞受賞者を輩出するなど世界でもトップレベルとされ、ILCを誘致すれば、次代を担う若手科学者の育成にも大きな効果が期待できることも誘致の大きな狙いだった。
誘致に熱を上げる東北や九州は気をもむ
下村博文・文部科学相は誘致について、学術会議の検討結果や国際動向を踏まえて判断するとしてきているが、文科省は、これまでのシナリオを修正し、「より広い議論をするため」として、政府の総合科学技術会議などに改めて意見を求めるなどの検討を始めた模様だ。ただし、早ければ13年秋を予定していた誘致判断の時期がずれ込むのは必至だ。
一方、ILC誘致に熱を上げる東北や九州も気が気ではない。経済波及効果への期待は大きく、自治体レベルで欧州に使節を送るなどの誘致活動に取り組んできたからだ。実際、日本生産性本部は6月、日本に建設した場合、30年間に約45兆円の経済効果が期待できるとの試算をまとめている。
ILC製造で得られる雇用が延べ53万人、製造による直接の経済効果(1次効果)が12兆1300億円、製造した加速器を利用した産業活性化(2次効果)が32兆6000億円と弾き、2次効果では工業や医療、農業などの分野で経済規模の発展につながると指摘している。
ただし、2次効果は別にしても、1次効果は「加速器」といっても、多くはトンネルを作る従来型の公共投資。特に莫大な量のセメントを使うことになるとあって、九州経済連合会の会長を麻生太郎副総理兼財務相の実弟の麻生泰・麻生セメント社長が務めることと絡め、予算獲得への思惑を論じる向きもある。