ものづくりの新世代ツールとして注目される3Dプリンター。国内では家電量販店で個人向け商品の販売が始まるなど、一般消費者にも手が届くようになってきた。
立体物を造形できるため、米国では銃のパーツを3Dプリンターで製造する設計図がインターネット上に公開され、物議をかもした。最近では、メーカーが「複製不可能」と胸を張っていた鍵を米学生がつくってしまったそうだ。
ナイロン製は5ドル、チタン製150ドル
1920年創業の米シュレイジ社は、家庭用や事業者用の鍵を製造している。「プリマス」と名付けられた鍵は高度のセキュリティー性を誇り、簡単に複製できないつくりとなっている。2013年8月3日付の米「フォーブス」誌電子版によると、マサチューセッツ工科大学(MIT)で電子工学を学ぶ学生ふたりが、自分たちで開発したソフトを使って鍵の形状を解析し、そのデータを3Dプリンターに読み込ませて実際に複製をつくったのだという。
手法はこうだ。鍵の「歯」の部分は2か所あり、それぞれ6つと5つの「ギザギザ」が入っている。鍵穴に差すとシリンダー内のピンの配列と合って解錠されるのだが、プリマスの鍵はつくりが特殊で複雑なようだ。そこでふたりは、シュレイジ社のマニュアルや特許内容、鍵の写真を参考に研究したうえで歯の部分の形を正確に解析し、データを自分たちで開発したソフトに入力してスキャンに成功したのだという。あとはプリンターにそのデータを送れば完了だ。
ふたりはオンラインの3Dプリントサービスを利用した。1社は素材がナイロンで価格は5ドル(約500円)、もう1社は金属のチタン製で、150ドル(約1万5000円)だった。実際に注文し、品が送られてきたという。
プリマスは防犯性が高く、政府機関や医療機関、拘置所など高度のセキュリティーが必要とさせる施設で使われている。鍵には「複製禁止」と刻印されているが、実際は簡単に合鍵がつくれるほど単純な形ではない。今回のMITの学生による試みは、たとえメーカーが「複製できるはずがない」と自信を持っている鍵でも、方法次第で苦もなく3Dプリンターでつくれる時代が来ている、セキュリティーに万全を期すべき組織は、独自の暗号が用いられる電子鍵への移行を検討した方がいいと警鐘を鳴らすものだったと記事は指摘している。
家庭用プリンターは10万円台、業務用高性能機は1億円
創業100年近くの老舗メーカーによる自慢の鍵でも、3Dプリンターでいとも簡単に複製できてしまう現実。日本国内でも3Dプリントのサービス業者は複数営業しており、個人向け3Dプリンターの販売も始まった。2013年8月5日付の日本経済新聞電子版によると、ビックカメラやヤマダ電機で売り出された製品は14~17万円程度。もちろんMITの学生のようにプリントする立体物の形状などをスキャンしてデータ化する技術が必要だが、手順を理解すれば誰でも同じようなことができるのではないだろうか。
J-CASTニュースは、3Dプリントサービスを提供するグラフィック社に電話取材を試みた。同社は11種類の素材を用意して3Dプリントの注文に応じている。鍵の複製はこれまで扱ったことがなく、プリマスを見ていないので何とも言えないと前置きしたうえで、一般的な鍵なら技術的には可能だろうと話した。
同社の特徴は、樹脂だけでなく銀や真ちゅう、ステンレスといった金属素材を扱っている点だ。つまり金属で鍵を3Dプリントすれば、実用に耐えうるのではないかとの疑問がわく。担当者に聞くと、「寸法誤差を考えるとステンレスでは難しいかもしれません。ただ銀や真ちゅうなら誤差が少ないので高い精度の複製がつくれる可能性はあります」と説明した。値段は数万円ほどになると見積もる。とは言え、実際に注文を受けるか否かは別の話になるだろう。
では、市販の家庭用3Dプリンターを買って自分で作れるだろうか。グラフィック社の担当者は「無理でしょう」と答えた。そもそも素材が金属でなく樹脂オンリーなので、実用には向かない。しかもプリントの方法は「ソフトクリーム」のように樹脂を積み重ねていくので段差が生じるのは避けられず、また誤差も大きい。一方、同社で使用する金属素材対応の高性能3Dプリンターは、「価格が1億円ほど」だと明かした。出来上がりに差があって当然だろう。
将来はともかく、現時点では3Dプリンターを使って自宅を「何でもつくれる」場にするのは難しいようだ。