新聞の社説は、厳密に言えば、各社の論説委員が個人的な見解や解説を書いているのだが、社を代表する意見と多くの人は思っている。実際に、論説委員の原稿を複数でチェックしている社がほとんどだ。
先の参院選では、いろいろな「社説」があって、それはそれで意見の多様化ということでいいことだ。しかし、中には笑えるものもあった。7月21日付(2013年)の朝日新聞社説「選挙と若者―投票すれば圧力になる」だ。
試算の原文を読んで理解できたのだろうか
もっとも、主張の内容をあげつらうわけでない。若者はもっと投票すべきだということにまったく異論はない。筆者が問題とするのは、その主張のために使った試算の図表がデタラメということだ。この記事に限らず、新聞記事の根拠となる分析には杜撰なものが多すぎる。そうだと、折角の主張も眉唾物になりかねない懸念がある。
朝日新聞社説では、「こんな試算がある」として、「20~49歳の投票率が1%下がると、若い世代へのツケ回しである国の借金は1人あたり年約7万5千円増える。社会保障では、年金など高齢者向けと、子育て支援など現役世代向けとの給付の差が約6万円開く」とし、「もちろん因果関係を証明するのは難しい」と書かれている。
これを書いた論説委員は、この試算の原文を読んで理解できたのだろうか。知り合いのマスコミ関係者に聞いたら、試算のタイトル「若年世代は 1%の投票棄権でおよそ 13 万 5 千円の損!?」はなかなか魅力的で、記事に「使えそう」といっていた。その中の図表や式は読まずに(読めない!)、本文中から「使えそうな」フレーズを抜き出すらしい。統計分析に習熟していれば、原文7ページ目に表があり、それを使って小一時間で分析を再現できるのだが、マスコミにはそんな能力はないという。
社説は、読んでいる読者より書いている論説委員のほうが多い?
この試算原文では、若年世代の投票率の低下と国債発行額、若年世代の投票率の低下と社会保障給付の世代間格差のそれぞれに「相関」があると分析して、結論を導き出している。
この統計分析は初歩的な誤りだ。被説明変数(負担)と説明変数(投票率)の両方が別の要因で説明できる「疑似相関」になっている。具体的に言えば、被説明変数(負担)も説明変数(投票率)も、これまでの「傾向」でかなり説明できてしまう。この見えない「傾向」によって、負担と投票率に相関があるように見えているだけだ。それを除去すると何の相関もなくなる。当然、投票率と負担の因果関係もなくなる。
朝日新聞の社説が笑えるのは、「もちろん因果関係を証明するのは難しい」とヘッジしたつもりになっているが、「疑似相関」を知らなかったために、実際には無相関で因果関係自体もなくなっているのに気がついていないことだ。
まあ、社説は読んでいる読者より書いている論説委員のほうが多いという笑い話もあるので、そう目くじらを立てることもないかもしれない。しかし、記録としては残るわけで、マスコミの図表リテラシーはこの程度という例証になるだろう。
++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2005年から総務大臣補佐官、06年からは内閣参事官(総理補佐官補)も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。著書に「財投改革の経済学」(東洋経済新報社)、「さらば財務省!」(講談社)など。