医療での予期せぬ死亡事故などの原因を究明する「医療版事故調査制度」の大枠が固まった。相次ぐ医療事故について、医療機関側による原因究明が不十分との遺族側の不満に対応、第三者が関わる仕組み作りがようやく動き出す。厚生労働省は、手続きを定めるガイドラインを作成したうえで医療法改正案をまとめ、早ければ今秋の臨時国会に提出、2015年度の導入を目指す。
行政機関と切り離し民間が調査
これまで患者の死因などに疑問を持った遺族は、民事訴訟で病院や医師を訴えるか、警察に捜査を頼むしかなかったが、訴訟は長時間かかり、警察でも捜査の秘密から真相が明らかになるとは限らなかった。そこで中立の立場で原因究明を行う調査機関の設立を求める声が高まり、2007年から厚労省の有識者会議が制度のあり方を検討、このほどようやく報告がまとまった。
それによると、国内18万のすべての病院や診療所は、第三者の立場で原因を調べる民間の事故調査機関に死亡事故を届け出る。その上で、院内調査と結果の報告を義務付け、院内調査には原則として外部の医師を入れて客観性を担保する。遺族が調査結果に納得がいかない場合は事故調が直接調べることも可能になる。
航空機事故を調べる運輸安全委員会や、エレベーター事故など製品事故を調べる消費者安全調査委員会は、いずれも国の機関で、調査のために立ち入り検査したり、証拠を提出させたりする強制的な調査権を持っているが、今回の医療版の事故調は行政機関と切り離した民間の組織が調査することになった。公的機関が調査すれば、医師個人の行政処分につながるのではという懸念が医療界に根強くあるからだ。
調査の強制力に限界はあるが、例えばカルテを提出しないなど調査に協力しない医療機関があれば、その名前を公表することが考えられている。一般社団法人「日本医療安全調査機構」(東京都港区)などを、調査する機関にすることが検討されている。
厚労省によると、全国の医療機関で起きる予期せぬ死亡事故は年間1300~2000件に上り、当面はこれが調査対象になるが、将来的には重い障害が残った事故なども加える方向で検討する。
不安と課題を抱えてスタート
制度設計に当たり、大きなポイントになったのは刑事責任追及との関係だった。遺族には医療機関が真相を隠すのではないかとの不信がある一方、難しい診療行為では、事故か否かの判断が簡単でないことも多く、医師の側が責任追及を恐れ、命にかかわる診療科を志す人が減って産婦人科医不足が社会問題化すえるなどした。
これについて厚労省の2008年案は、通常の診療から大きく外れていたことが原因だった時などは警察に通報するとしていたため、医療界から猛反発が出た。今回、最終的に事故調は一歩後方に下がり、その前の院内調査に重点を置き、事故調は院内調査への助言、調査報告書の検証・分析などを担うことになった。調査の目的も、「再発の防止」と「医療の質の向上」とされ、責任追及が目的ではないので、事故調は警察に通報せず、「異状死」に該当するような不審なケースは従来通り医師法に基づいて事故を起こした医療機関が警察に届け出るとした。
もう一つの大きなポイントは、院内調査に外部の医師を入れるかどうかだった。院内調査に納得できない遺族が事故調に調査を申請した場合は一定の費用を負担することもセットで議論。「遺族に負担を求めるなら、院内調査が客観的なものでなければならない」との筋論が最終的に大勢を占め、「原則として外部の医療専門家の支援を受ける」ことに決まった。遺族の調査費用負担については、調査の申請を妨げない金額とするよう配慮し、所得によって減額することで決着した。
医療関係者と患者遺族の間の抜きがたい立場の違いを乗り越え、ひとまずまとまった枠組みは、妥協の産物。本当に患者サイドが納得できる調査が行われるのか、また、医師個人の責任追及に走らないのか。公正な調査を担う人材をどのように確保するかも含め、不安と課題を抱えての船出になりそうだ。