7月10日(2013年)、国家公務員制度改革推進本部とその事務局がなくなった。5年前の08年6月13日に国家公務員制度改革基本法が施行され、7月11日に同法に基づき国家公務員制度改革推進本部が設置された。その措置は5年間の時限があり、その期日が到来したのだ。
この法律と推進本部で国家公務員改革は進むはずだった。ところが、5年経っても何も変わっていない。しかも、国家公務員制度改革基本法が事実上、消滅した。霞ヶ関官僚にとって、これがどれほど喜ばしいことか目に浮かぶようだ。
5年以内で「改革は終了」のはずだった
最近の政権における国家公務員改革の経緯をおさえておこう。
第1次安倍内閣では、国家公務員法改正によって天下り規制、能力実績主義が盛り込まれた。
福田政権では、第1次安倍政権の時に検討された国家公務員制度の総合的改革が法制化され、国家公務員制度改革基本法が制定された。この法律はプログラム法で、それに従ってその後、国家公務員改革は進むはずだったのだが……。
当初のスケジュール(工程表)では、内閣人事局の設置は1年以内、それ以外の法制の措置(国家戦略スタッフ、幹部職員制、キャリア制度の廃止など)は3年以内、その他の措置をあわせて5年以内で、国家公務員制度改革基本法に沿った改革は終了するはずだった。
麻生政権では、国家公務員法改正案(甘利法案)が提出されたが、廃案になっている。
そこで政権交代だ。民主党政権下も、国家公務員法改正案(民主党法案)を提出したが、廃案だ。この時、野党の自民党・みんなの党で幹部公務員法案(自・みんな法案)を共同提出したが、これも廃案となった。