紙に印刷するような感覚で立体物を作れる「3Dプリンター」が注目を集めている。製造業のあり方を大きく変えるとの掛け声も聞こえるが、過剰な反応を戒める声もある。
3Dプリンターは印刷機というより造形装置という方が当たっているが、気軽な印刷というイメージがわかりやすいためにプリンターの表現が一般化した。
オバマ大統領が一般教書演説で推奨
マスコミに取り上げられるようになったのは最近だが、1980年代末から存在し、当時は「ラピッド・プロトタイピング・システム」(素早く試作する装置)と呼ばれていた。それが近年、価格が低下したことで製造業の分野で着実に普及し始めた。
そして、米国の著名ジャーナリストが著作で評価し、オバマ大統領が今年の一般教書演説で3Dプリンターを製造業復活の切り札に掲げ、製造業改革のため3Dプリンターの研究機関を増やすと宣言。「アメリカから新たな産業が生まれるにちがいない」と語ったことで、一気にブレークした。特にこの1、2カ月、新聞などの報道が一気に広がり、ブームの様相を見せている。
CTの内臓画像のように、モノを輪切りにした紙を重ねて立体的に再現し、3次元(3D)のデータをもとに、樹脂や金属の層を幾重にも重ねてモノの形に仕上げる。人の顔を再現してマスクや像を作るなどには適しているといった話は分かりやすいが、そうしたお遊びは別にして、医療分野で歯型や補助具など、個人個人にぴったりのモノを作るのに向いているのは間違いない。
肝臓など臓器の手術前に、その患者の透明な樹脂でできた臓器の中に実際の腫瘍や血管を色つきで再現し、手術のシミュレーションをするといった実践例もある。生きた細胞で体の部位を再生する取り組みも始まり、人工血管づくりの研究などが進む。おもちゃやフィギュア、アクセサリーなどでも利用されている。
試作品分野で威力を発揮
ただ、こうした「個別」の製作はいいとしても、コストは高くつき、効率も悪く、鋳物の鋳造装置や金型などでのように大量生産はできない。家庭用プリンターで年賀状くらいを作るには便利で、相手により文章を手直しするのも可能で重宝するが、何万枚といったダイレクトメールは印刷工場の大型機械で刷らないと高くつくのと同じだ。量がまとまったときの単価で、従来の生産技術にまだまだ太刀打ちできず、3Dプリンターで直接大量生産するのは、まだかなり先の夢だ。
耐久性も問題で、高性能機もあるとはいえ、薄い紙を重ねるようなものなので、「一般に、縦の力には強いが、横の方向には弱い」(装置を使っているメーカー関係者)。
そこで、3Dが威力を発揮してきたのが試作品分野。製品開発段階では、何通りも部品を作って、問題があれば手直しし、作り直すという繰り返し。これが3Dプリンターなら効率よくでき、開発時間を短縮できる。
その延長上で注目されるのは、鋳型や金型を3Dプリンターで作ること。金型などは複雑で丁寧な切削加工が必要だが、3Dプリンターで工程を大幅に短縮できる。例えば、パナソニックは通常、1か月程度かけて作っていた家電製品の部品などの金型を、3Dプリンターを使って半分の時間でできるようにする方針という。この金型などを使って、大量生産すれば全体に生産コストを抑えられる。
国家戦略を持って対応する必要
現在のブームには、3Dプリンターの価格の急低下という背景が見逃せない。従来は数百万円、高性能なら数千万円もしたが、中小企業や個人向けに十万円台の製品も出始め、利用が一気に広がっている。
むろん、金型を作るような高機能機種は従来通り高価だが、低価格で、卓上に置いて普通の紙印刷機のように使えることで、個人や個人事業者がおもちゃであれ、ちょっとした部品等であれ、試作してネットで公開し、購入者を探し、人気になれば出資者が現れるといった可能性も、関係者の間で語られている。
政府の2013年版「ものづくり白書」(6月7日決定)は、世界のものづくりの潮流の変化として3Dプリンターを取り上げ、「低価格化により本格的に普及が進んだ場合、熟練工が持つような高度な加工技術が不要となり、ものづくりの方法が大きく変わる可能性がある」との見方を示し、日本企業が得意としてきた製品開発ノウハウが優位性を失うことへの危機感を表した。国産の高機能機種の開発、3Dのソフト技術者の育成など、国家戦略の重要性が増している。