2013年7月に予定されている参院選から、インターネットを使った選挙活動が解禁される。政党や候補者は期間中にウェブサイトやツイッターを更新することが可能になり、有権者はタイムリーに多くの判断材料を手にできそうだ。
では、選挙戦の様子や政党の情報発信のあり方はどのように変わるのか。特に12年12月の衆院選で惨敗した民主党は、ネット選挙でどう反転攻勢に出ることができるのか。IT関連政策に詳しい鈴木寛参院議員(元文部科学副大臣・党広報委員長)に聞いた。
ネットきっかけに演説会に足運ぶ機会増える
―― 鈴木さんはブログで、ネット選挙で変化することとして「バーチャルだけでなく『リアル』とのつながりが強まる」ことを挙げています。
鈴木 サラリーマンは、住民票がある場所が「寝に帰る」だけの人も多く、候補者からすれば朝立ちしていても、通勤で急いでいる時に名前を連呼してビラを受け取ってもらうぐらいしかできないのが現状です。選挙では、そこが唯一の接点だったりもします。サラリーマンは政治に関心がある「無党派」が多いのですが、候補者側が「関心無党派」の声を知る方法がほとんどありませんでした。
ネット選挙の解禁で、このような問題意識の高い人が「質問してみよう、つぶやいてみよう、コメントしてみよう」となることを期待しています。候補者側は有権者の考えを知ることができますし、ウェブサイトやSNSで関心を持った人が、土日に行われる遊説や演説会に足を運ぶ機会も増えると思います。
―― ただ、選挙に大きな影響を与える高齢者層は、あまりネットリテラシーが高くないとも言われます。
鈴木 「高齢者はネットをやらない」という俗説はうそです。例えば「現役時代は技術屋で、退職祝いのPCを活用してネットをよく見ている」という人は多い。サラリーマンから退職した人だとコミュニティに入りにくいケースもあるので、ネットで情報を得ることは有用です。
―― 一方、「ネットで勉強して意識が高まっても、実際の投票行動には結びつかない。投票率は上がらない」という指摘もあります。
鈴木 投票率が上がるかどうかは分かりませんが、投票の判断材料が増えることは間違いない。今はほとんど政党で投票先を選んでいますが、候補者の活動内容や実績、考え方や政策といった点に着目して判断できる要素が増えます。
例えば投票日の前日は候補者の名前を検索することもあると思うのですが、そうすると、候補者の過去の発言や政策も見ますよね?このような動きが広がると考えています。
マスメディアで拾えない声に働きかける
―― 一票を投じる際の「熟慮度」が上がった結果、投票の質が上がるということでしょうか。ではこの「熟慮度」が上がると、政局が原因で選挙ごとに突風が吹いたかのように大敗と大勝が繰り返されるような現状は、修正されるのでしょうか。
鈴木 まだ「多少」でしょうね。ネットと比べると、まだまだテレビからの影響は大きい。ただ、ネットは新聞には追いつきました。いずれネットがテレビに追いつくと思います。熟慮度が上がることは間違いないので、大きな1歩です。
―― 「マスメディアでは拾えなかった声を拾うのがネット」とも強調しています。
鈴木 候補者と有権者の対話に加えて、有権者同士の「耕論」も促していきたいです。既存マスメディアは何でも対立構造で面白おかしく伝えようとしますが、それは現場で問題だと感じていることとはかけ離れています。マスメディアは記号を消費する消費者に対しては熱心に情報を送ってきたものの、問題意識を持っている人の問題意識は争点化してこなかった。
それを有権者の皆さんが当事者の立場からネットで議論できるようになるのは大きい。ネット利用によって有権者の熟議が深まることが第一で、メガデータを分析するなどして耳をそばだてたいと考えます。それをきっかけに、それぞれの有権者が直面する課題の解決策への糸口が、政治の中に見えてくる。
―― 多様なニーズを反映しやすくするということでしょうか?
鈴木 例えば、民主党政権では高校無償化法を作りましたが、高校生や大学生を抱える保護者にとっては、学費負担は非常に大事な問題です。都内だけでも30万人の高校生がいる。保護者は60万人ぐらいでしょうか。高校無償化は、その人たちにとっては大事な問題です。ただ、有権者の割合からすれば5%強ぐらい。そのため、優先順位としては景気対策、年金などに次いで4~5番目になってしまい、選挙のアジェンダ(争点になる政策テーマ)にはなりません。それがネットの登場で「ロングテール」のニーズを拾うことができるようになります。そこに関心がある政治家と有権者がつながっていくことが期待できます。
ところが、そういうことはマスメディアでは余り面白く見せられないので、政局話や個人に着目したスキャンダルに終始してしまいます。
政策ごとの「熟議コミュニティ」で「渋い安打を沢山打つ」
―― では、民主党としては、参院選ではどのようにネットでの「見せ方」を工夫しますか。
鈴木 政策ごとの「熟議コミュニティ」を作りたいと思っています。ロングテールアジェンダですね。これまではホームランのような派手な政策しか評価されませんでしたが、イチローのように渋い安打を沢山打つことに関心を持ってもらえるコミュニティをつくることが大事です。
―― 派手な花火のような象徴的なものをテーマに戦うのではない、ということですね。
鈴木 その通りです。経済以外にも大事なアジェンダがあるはずです。安倍政権は経済、株価1本で勝負しようとしている。経済といっても物価や金利の話もあるはずです。国債金利が上がると利払いが増えて来年度予算の編成も立ちゆかなくなるでしょう。マスメディアは「アベノミクス勝利!」とばかりに株価しか話題にしません。
民主党としては、第2、3のテーマを提起していきたいと思います。例えば政権が自民党に戻ってから、社会保障の話題が聞かれません。民主党が9%増やした教育予算を安倍政権になってカット。民主党政権では公共事業費を34%削減しましたが、安倍政権になって15%増えている。「ほんとにこれでいいの?」って思いますね。メディアのアジェンダセッティングの力が強すぎて、このような問題点が株価で隠蔽されています。
―― 12年12月の衆院選では惨敗しました。広報面を振り返って、どのような反省点がありますか。
鈴木 民主党が掲げたコンセプトと政策自体はよかったものの、それを伝えられなかった。テレビCMも大量に打ちましたが、ほとんど効果がありませんでした。マスメディアが編集権を持っている部分の情報量が圧倒的です。アジェンダセッティングと報道姿勢で、我々はどうにでもなってしまいます。第1の権力ですよ、商業メディアは。だからネットメディアで言論空間を多様化することが必要です。
自民党は産経・読売に支えられている
―― マスメディアとのコミュニケーションがうまくいかなかったということでしょうか。
鈴木 何をやっても報道してもらえないと意味がない、というのは死ぬほど分かりました。例えば文部科学省の予算が国土交通省を上回ったのは戦後初めてで、これは歴史的な話です。でもこれはテレビではほとんど伝えられない。事実上ないことになっている。これほど数字が明らかな話でも、レッテル貼りと予断に勝てない。民主党のビラやウェブサイトでは精いっぱいアピールしましたが、テレビに比べれば多勢に無勢です。イチローだって三振しますが、そのシーンを毎日流されたら「どんなに下手なバッターだろう」と思います。いかに僕らの伝え方が下手だったかを痛感しています。
自民党は産経と読売という、どんな時でもバックアップをしてくれるメディアに支えられているのが大きいと思いますよね。そしてその系列テレビ局も足並みをそろえる。先日発表された成長戦略にしても、民主党政権だったら「中身無し」と全紙ボロクソでしょう。それを、そうは書かない。商業メディアと自民党は古くからの番記者を通じたつながりがあるので仕方がないとは思いますが、やはり偏向していると感じますね。
海江田さんは、「毛筆の海江田」でいい
―― 自民党はマスメディア対策だけでなく、ネットメディアの活用にも積極的です。特に安倍晋三首相のフェイスブックの注目度は高い。海江田万里代表のフェイスブックは地味だとも言われますが、どのようにテコ入れしますか。
鈴木 安倍首相のフェイスブックについた「いいね!」は30万程度ですが、首相就任前は10万程度でした。安倍首相のチームはこの3年間、「ある過激なポジション」をとることによって支持者を増やしてきたのだと思います。そうは言っても1億3000万分の10万。きわめて限られた層に向けてポジションを鮮明にする戦略をとっている形ですが、ヒラ議員ならともかく、国政全体にとって本当にいいのかどうか…。ある意味ではネット対策をし過ぎているとも言えます。
―― 鈴木さんは、国会の場で「安倍首相のコメント欄にヘイトスピーチに近い書き込みがある」と指摘していました。
鈴木 安倍首相のフェイスブックは影響力が大きいだけに、そのことが国際社会に与える影響も考える必要がある。コアの5~10万人を集めるために、日本国総理として国際的に犠牲にしたものも大きいのではないでしょうか。本当にジレンマですね。
ネットはひとつのツールで、あくまでメディアミックスが大事。そう考えると、海江田さんは、フェイスブックに注力するよりも「毛筆の海江田」でいいと思いますね。
鈴木寛さん プロフィール
すずき・かん 1964年、兵庫県生まれ。灘高等学校、東京大学法学部公法学科卒業。1986年4月、通商産業省に入省。中央大学兼任講師、慶應義塾大学環境情報学部助教授。2001年、第19回参議院議員通常選挙に東京都選挙区から出馬し、初当選。07年、再選。09年9月、文部科学副大臣に就任。11年より超党派スポーツ振興議員連盟幹事長、超党派文化芸術振興議員連盟幹事長、超党派2020東京オリンピック・パラリンピック招致議員連盟事務局長、大阪大学招聘教授、中央大学客員教授、電通大学客員教授なども務める。NPO法人日本教育再興連盟代表理事、NPO法人グリーンバード監事、現場からの医療改革推進協議会事務総長。