デジタル時代の内部告発を現実にしたのはウィキリークスだが、創設者ジュリアン・アサンジの品行がニュースになり、その存在価値が大きく低下してしまった。その後アサンジと喧嘩別れした元ナンバーツーが対抗サイトを立ち上げたりしてみたものの、内部告発という市民行動のネット化は躓(つまず)いたと思っている読者は多いに違いない。
ところが2013年5月15日(現地時間)に米「ニューヨーカー」誌が「ウィキリークス2.0」とでも呼ぶべき内部告発システムー「ストロングボックス」(Strongbox)と名付けられたーを開発し、同日から運用を始めたと発表した。
調査報道の分野で草分け的な存在として知られる
同誌は調査報道の分野で草分け的な存在として知られ、最近ではシーモア・ハーシュがアブグレイブ刑務所での大規模な捕虜虐待(2005年)を暴露し、当時のブッシュ政権の足をすくう大ニュースになった。米国を代表するベテラン調査記者のハーシュは、ベトナム戦争時代にソンミン村虐殺をやはり同誌でスクープし、1970年度ピューリッツアー賞をゲットしている。
ウィキリークスは本来メディアというよりも有力紙などに極秘情報を提供することで社会悪などを暴露しようとする「仲介メディア」というような役割を目指したが、ニューヨーク・タイムズ紙などとのコラボレーションに失敗し、自身のサイトで機密情報を公開するメディアへと変身した。
だが、米外交公電の大量流出に見られるように、膨大な情報の垂れ流しだけではインパクトは限られたものになる。調査報道の手法に長けた既成メディアの出番が望まれるわけだ。
ニューヨーカーのパートナーはアサンジではなく、この1月に26歳の若さで自殺した天才プログラマー、アーロン・シュワルツだった。弱冠14歳でRSSの仕様策定に参加し、その後Redditの共同創立者にもなっただけでなく、インターネットの自由を訴える活動家としても有名だった伝説的な人物である。ストロングボックスは12年末までに完成していたので、シュワルツの遺作といえるだろう。
情報の出所は編集部にもわからない
ニューヨーカー誌の編集者エイミー・デビッドソンによれば、ストロングボックスは「弊誌の住所の延長」という位置づけになる。同誌の調査報道の歴史のなかで、1925年の創刊号では編集局の住所が印刷されていたので、告発者は機密情報を郵送することができた。その後、電話が主流になり、そして1990年代末には電子メールの利用が始まったが、デジタル時代の匿名性の庇護が最大の課題になっていた。
ストロングボックスではTor(The Onion Routerの略称)と呼ばれる匿名技術が使われ、データの暗号化だけでなく、通信の際に異なるプロキシーサーバーを使ってアクセスするので情報の出所が特定できないようになっている。「編集局に送られてきた情報の出所は我々にも分からないので、流出先を明らかにしろと言われても答えようがない」とデビッドソンは同誌サイトで述べている。編集局と情報提供者の連絡もいわばブラックボックスであるストロングボックスの中でのみ行われるので、高度の匿名性が確保されるという。
ウィキリークスのような無責任な垂れ流しモデルでなく、ファクトチェックの検証能力や編集技術を付加価値にするニューヨーカー誌に不正の裏幕をリークしようとする人が出てくるだろうか。これからの同誌に注目してみよう。
(在米ジャーナリスト 石川 幸憲)