政府は、石炭火力発電所の新増設を事実上認めないこれまでの政策を転換し、石炭火発推進に大きくハンドルを切った。新増設に必要な環境影響評価(アセスメント)の審査期間を現行の3年から短縮、新増設は2年余りに、建て替えは1年余りになる。
背景には原発の長期停止に伴う液化天然ガス(LNG)など火力発電燃料費の増加で電気料金が上昇していることがある。発電単価が安い石炭火力を新増設しやすくしたいというわけだ。しかし、石炭は地球温暖化させる二酸化炭素(CO2)排出量が多いほか、原発再稼働のした場合に投資が無駄になることを懸念する声もあり、エネルギー政策・環境政策全体の整合性が問われそうだ。
経済産業省と環境省が折り合う
原発停止の中、東京電力の火力発電所の新増設計画をめぐり、経済産業省と環境省が対立していた。環境省は火発の新設を直接止める権限はないが、環境アセスに意見できるので、事実上の拒否権を持っている。実際に過去、石炭火力の建設計画を白紙に追い込んだ実績がある。これについて調整の結果、2013年4月末に両省の折り合いがついて、石炭火発の新増設に道が開けた。
新基準は①商用運転している最新鋭の設備を最低基準とする②まだ稼働していない他の最新技術も検討する③国と自治体の審査を並行して進め審査期間を短縮する④電力業界全体で自主的に温室効果ガス排出を抑制する――など。実際にはJパワー(電源開発)の磯子発電所(横浜市)が現下の最新鋭設備として当面の基準になる。従来の火発と比べ、CO2排出量は2割減り、酸性雨の原因となる硫黄酸化物も95%以上除去できる。
新基準について業界からは「環境アセスがわかりやすくなり、大変ありがたい」(4月30日、東京電力の広瀬直己社長)と歓迎の声が上がっている。
石炭火力の最大の利点は1キロワット時当たり約4円という発電コストの安さ。東日本大震災以降、電力各社は供給確保のためLNGと石油の火発を拡大させたが、LNGの発電単価は石炭の2倍超の11円、石油は4倍の16円と高く、2013年3月期連結決算は、北陸と沖縄を除く大手8社が最終赤字を計上している。
東電は大型原発2基分に相当する260万キロワットの電力を調達するための入札を実施中だが、調達分の燃料がすべて石炭になれば、すべて石油の場合に比べ、燃料費は年間約1750億円安くなるというから、石炭のコスト優位性が分かる。
エネルギー・環境政策の整合性は?
だが、ネックはCO2だ。最新鋭の磯子でもLNG火発の1.8倍のCO2を出す。東電の入札分だけで日本の排出量全体が1%増えるとされ、業界全体で抑制するといっても、具体策の検討はこれから。
原発再稼働で石炭火発の新増設そのものが不必要になる可能性もある。石炭火発の新増設には数年の歳月と1000億円単位の建設費が必要。電力会社は原発の安全対策費用としても1000億円単位が必要になり、石炭に大型投資をする余裕がどこまであるか、不透明だ。
安倍晋三政権は民主党政権の「2020年に温室効果ガス25%削減」の目標は撤回したが、「2050年に80%削減」の旗は降ろさず、新目標の策定は10月になる見込み。他方、原発の安全基準がクリアできれば再稼働を認める方針である一方、将来の電源構成については「10年間でベストミックスを考える」(安倍首相)と先送りしている。エネルギー・環境政策の中長期の整合性をどう取るか、それを詰めずに"石炭火発解禁"が先行することに、「東電の入札(5月24日締め切り)に間に合わせるため」(霞が関筋)との声もある。