飯島勲内閣官房参与の訪朝で北朝鮮の唐突な「対話路線」が注目されるなか、韓国への対応にも変化が現れているようだ。相変わらず朝鮮中央通信などの国営メディアは、独特のレトリックで韓国や日本に対する批判を続けているものの、韓国側の動向について「忍耐力をもって注視している」「真剣に見極めようとしている」といった抑制的な表現が目立つようになっている。
4月末には「広い地域を軍事地域に再び」と宣言していた
特に態度の変化が目立つのが、閉鎖状態が続いている開城工業団地への対応だ。日本のゴールデンウィーク直前にあたる4月27日には、中央特区開発指導総局のスポークスマンが朝鮮中央通信を通じて、団地閉鎖で「莫大な損害と被害を受けるのは南側」と主張し、
「広い地域を軍事地域に再びつくり、ソウルをより近くで狙うことができるようになり、南進の進撃路がすっかり開かれて祖国統一大戦により有利になるであろう」
と、団地閉鎖後の跡地の活用方法にまで言及するなと、きわめて強気だった。
団地から南側の人員はすでに全員が撤退しているが、まだ現地には製品や資材が残されている。これらの総額は5000億ウォン(約459億円)にのぼるとされ、団地に入居していた企業からは回収を求める声が相次いでいた。これを受ける形で5月14日に統一省が北朝鮮に対して局長級の協議を提案した。その返答が意外に抑制的なのだ。
北朝鮮側が5月16日に「開城工業地区見通しと今後の南北関係の行方は南側当局の態度にかかっている」と題して発表した声明では、一連のトラブルの全責任は韓国側にあるとする従来の姿勢を繰り返しながら、協議の呼びかけを「世論をまどわすための狡猾な術策」と罵倒した。
大統領の訪米は「忍耐力をもって注視」
ただし、この声明の中には、
「現『政権』を果たして相手にしていいのか、相手にして解決されるものがあるだろうかをわれわれはいま慎重に検討中にある。南側が心から開城工業地区事業を正常化する意向があるならば、いわゆる通信うんぬんや物資搬出問題のような枝葉の問題を持ち出してうわべだけの対話うんぬんをするのではなく、根本問題の解決に乗り出すべきであり、われわれに対する挑発的な妄言と対決妄動を取りやめなければならない」
と、かなり交渉再開に含みを持たせた内容だ。
また、5月10日には朴槿恵大統領の訪米を非難しながらも、
「われわれは、現南朝鮮(韓国)当局に対して忍耐力をもって注視している」
と微妙な表現をしたばかりだ。
中国国営銀行との取引停止が効いている?
5月上旬~中旬には、北朝鮮の政権に大きな影響を与えた可能性がある出来事が、少なくとも3つ報じられている。
ひとつが、中国との関係だ。5月10日時点で、中国銀行を含む中国の4大国有銀行が、北朝鮮最大の外資決済銀行「朝鮮貿易銀行」との取引を停止したことが明らかになっている。開城工業団地が閉鎖されれば北朝鮮は多額の外貨収入を失うことになるが、この影響を再評価せざるを得なくなっている可能性がある。
二つ目が、人事異動。5月13日の朝鮮中央通信の報道では、12年10月に就任したばかりの金格植(キム・ギョクシク)人民武力相(国防相)が解任され、張正男(チャン・ジョンナム)氏に交代したことが明らかになっている。解任された金格植氏は韓国哨戒艦「天安」沈没事件と10年の延坪島(ヨンピョンド)砲撃事件を主導した強硬派として知られている。北朝鮮が何らかの理由で軟化路線に転じた結果、今回の人事が行われたとの見方も出ている。
三つ目が、女性警察官に「英雄称号」が贈られたことだ。この警察官は、正確には「平壌市人民保安局交通指揮隊地区隊隊員」という肩書きで、5月5日の朝鮮中央通信では表彰の理由を
「首都の交通秩序を立てるために献身的にたたかい、不意の状況の中で領袖決死擁護の英雄的犠牲精神を発揮して革命の首脳部の安全を決死防衛した」
と報じている。このことから、金正恩第1書記をはじめとする政府首脳に重大な身の危険が迫ったが、それを直前で回避したとの説もあり、権力基盤の不安定さが露呈したと見る向きもある。
これらに「飯島訪朝」も重なり、これまでのような強硬姿勢を見直そうとしているのではないかとの観測が出始めている。