三重県の伊勢神宮が、「神」「祭り」「神社」といった語句について、該当する英単語を当てるのではなくそのまま「kami」「matsuri」などとアルファベット表記に変え、外国人に広く浸透させる試みを始めた。
神道について、基本的な用語を英語で解説した冊子を作成。「kami」が国際的にも「神」として理解が広まるだろうか。
「shrine」だけでは別のものを想像するかもしれない
伊勢神宮と神社本庁が共同で制作し、2013年4月に発行した「SOUL of JAPAN」という冊子には、神道と伊勢神宮に関する基本情報が英文で書かれている。観光客対象ではなく関係者向けにつくられたもので、一般の人向けの情報としてオンライン化の話も出ているようだ。
ページを開くと、「神道とは」「神」「祭り」といった項目ごとに解説がある。興味深いのは各用語が「kami」などと、英語ではなく日本語のアルファベット表記である点。日本語の発音のまま、外国人に覚えてもらいたいようだ。
「kami」については初出の際、「英語の『deity(多神教の神)』に対応する言葉」と補足があるが、以降は「kami」で統一されている。「日本では古来より、雨の神や風の神といった自然界に起因する神が数多く存在する」「神道は、全知全能の唯一神の存在という考えを持たない」といった独特の考え方を示しながら、「kami」について説明を加えている。英語で一般的に神を表す「God」という単語には置き換えられていない。
神社に関しても、最初は「Shinto shrine」という英単語で「jinja」の意味が分かるように配慮しているものの、以後は「jinja」という表記を貫いている。伊勢神宮は、以前は神宮の説明に「The Grand Shrine」という英語を用いていたが、冊子では「jingu」となっていた。
国際会議などで活動するベテランの通訳・翻訳者に取材すると、「日本の神社を見たことのない人に『shrine』とだけ告げると、別のものを想像する可能性はあります」と話す。もし自身が翻訳する立場だったら、日本の「jinja」は何かをある程度説明したり、注釈を付けたりするそうだ。外国語にピッタリ合致する言葉がなければひと言で済ませず、言葉を補って正しく理解してもらわねばならない。その意味で、「SOUL of JAPAN」のように神道用語を詳しく解説する資料は、用語を国際的に通じるようにするうえで効果的だと述べた。
視覚に訴えるものは英語化が進みやすい?
日本語がそのまま英語化した例として、柔道が「judo」、禅は「zen」、津波が「tsunami」といった語句がよく知られている。トヨタ自動車の生産方式で特徴的な「カイゼン」がそのまま「kaizen」として、またグループリーダーを表す用語に「hancho」(班長)が使われることもある。最近では携帯電話の「絵文字」が「emoji」として通用する。言語学が専門の大学教員に聞くと、「欧米にはない日本的な概念が英語化しやすいのではないか」と話す。「班長」や「絵文字」は、欧米からすると日本独自の発想だったのだろうか。
前出の翻訳者は、視覚に訴えるものや実際に体感できるものに英語化が一気に進む可能性を見いだす。例えば「tsunami」なら、2004年のスマトラ沖地震で甚大な被害をもたらした津波により世界的にその意味が理解されたようだ。「manga」「anime」であれば、実際に手にとって読むマンガやアニメから、自然にその言葉が吸収されていくというわけだ。
もしかしたら「jinja」「jingu」も、来日して神社などを訪れたうえでその言葉の意味を正しく理解した人が増えれば、今後世界に広まっていくかもしれない。一方、「kami」の場合は目に見えるわけではなく、極めて概念的だ。それでも取材に応じた翻訳者によると、「日本独自の『kami』とは何か、時間をかけて繰り返し刷り込む努力を続けていけば、その分野に興味を持つ人たちに徐々に浸透していくと思います」と話した。