大阪市の橋下徹市長が、自らの出自を取り上げた週刊朝日の連載「ハシシタ・奴の本性」について、刑事・民事の両面で訴訟を起こす意向を明らかにした。2013年4月6日には、訴える対象は週刊朝日を発行している朝日新聞出版だけではなく、親会社の朝日新聞社も含まれることも明らかにしている。
「法人格否認の法理」がその根拠だと言うが、この概念は、債権回収や税金を徴収する際に登場するのが一般的で、今回のケースでは適用が難しいとの指摘もある。
分社化は「週刊誌が無茶な記事を書いても自分たちに火の粉が降りかからないようにするため」
橋下市長の4月7日のツイートでは、親会社を訴える理由を、
「週刊朝日と朝日新聞は資本関係・人的関係で一体的。朝日新聞社の週刊誌部門を切り出し法人格をまとっただけ。週刊誌が無茶な記事を書いても自分たちに火の粉が降りかからないようにするため。まさに今回のような事態でも朝日新聞が逃げられるようにしたせこい手法。法人格否認の法理を使います」
と説明している。
この「法人格否認の法理」は、取引先の会社に対して持っている債権が、取引先の会社に連絡がつかなくなったり、会社を倒産させて役員が持ち逃げして回収できなくなった際、親会社や役員個人の責任を追及する際に登場する考え方だ。これには、(1)法人が名ばかりで、実質的には特定個人などが会社を操っている「形骸化事例」(2)法律の適用を回避するために法人格が濫用される「濫用事例」の2パターンがあるとされる。
例えば1990年10月の東京地裁の判決では、食品卸売のX社がA社に食品を卸していたが、A社が代金を支払わないため、「法人格否認の法理」でA社の実力者のY氏個人に対して支払い請求することが認められている。
また、1996年に住宅金融専門会社(住専)の不良債権が問題化した際は、「法人格否認の法理」で母体行の責任を問うべきだとの声も相次いだことも知られている。
橋下市長の主張は構成要件を満たすのは難しそう
企業法務や会社法が専門の遠藤英明弁護士は、(1)朝日新聞出版が法人として形骸化していない(2)親会社と子会社の経理や財産が分離されている(3)親会社が子会社に指示して記事を書かせたようには見えない、といった理由から、
「全くあり得ないという訳ではないが、印象としては難しいのではないか。法的議論とは別に、親会社を巻き添えにして話題作りをするねらいがあるのでは」
と、橋下市長の主張が「法人格否認の法理」の構成要件を満たすのは難しいとみている。
「朝日新聞社の週刊誌部門を切り出し法人格をまとっただけ」としているが、これも無理がある主張だ。子会社の朝日新聞出版には書籍など週刊誌以外の部門が複数あるからだ。
週刊朝日の編集権は、08年の分社化以前から、朝日新聞本紙から独立しているとされている。最近の事例では、兵庫県尼崎市の連続変死事件で殺人などの容疑で逮捕され、兵庫県警本部内の留置場内で自殺した角田美代子容疑者をめぐり、週刊朝日は12年10月に別人の写真を掲載したとして謝罪したが、朝日新聞本紙は裏付けが取れないとして掲載を見送っている。
なお、遠藤弁護士は、
「(親会社が子会社の記事作成に)どれだけ関わっていたかによって、『法人格否認の法理』とは別に、不法行為について責任を問われることはあり得る」
とも話している。
橋下市長は、連載「ハシシタ・奴の本性」が最初に問題化した12年10月にも、親会社の責任を追及する意向を表明していた。このときは、その理由を
「解決能力は、朝日新聞社グループにしかない。だからそこを相手にした」
と説明。
「こういう記事を出された者はどうやって、事を解決するのか?司法手続きもあるが、それでは時間的に連載はそのまま進む」
とも述べ、連載を打ち切らせるためには親会社を攻撃するのが効果的だとの見方を示していた。