3号機建屋爆発の日にも「煙霧」が記録されていた【福島・いわき発】

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   この時期、風と視界の悪さがセットになることがある。見通しの悪い原因は黄砂かと思ったら、煙霧だった。1週間前の日曜日(3月10日)がそうだった。朝から南風が吹いて気温が上がり、遠くの山並みがかすんで見えた(=写真)。小名浜の気象データによれば、早朝はもやがかかっていたのが、10時半近くには煙霧に変わった。


   2年前の3月14日、福島第一原発・3号機の建屋が爆発したときも、いわきでは南風が吹いていた。11日に発生した大地震の余震が続くなか、12日に最初の爆発事故が起きる。福島中央テレビが白い煙をとらえた。14日も同テレビが爆発の瞬間をとらえた。黒い煙だった。


   わが家は、津波被害に遭った沿岸部からは5キロほど内陸部にある。家はあとで「半壊」の判定を受けたが、住むには支障がない。いわきのハマ(沿岸部)とマチ (内陸の平野部)では、明暗が分かれた。さらに、福島第一原発からは南に40キロほど離れている。放射能に対する無知があった。


   3号機の建屋が爆発したとき、あずかった2人の孫と庭で遊んでいた。南風に誘われてのことだった。父親が事故の直後、走って家に来るなり「中に入れて!」と叫んだ。それもあって、「南風が吹いた日に3号機が爆発した」という記憶が胸に深く刻まれた。


   煙霧という気象用語を初めて知った。2011年3月14日も南風とセットで煙霧が発生していたのではないか。小名浜の気象データをチェックしたら、図星だった。小名浜では、北寄りの風が朝8時ごろから南風に変わり、気温が上昇するとともに見通し(視程)が悪くなった。煙霧が朝から断続的に記録されていた。


   その日の煙霧には、最初の事故でまき散らされた放射性物質が含まれていなかったかどうか――。春になって南風が吹くたびに、2011年3月14日のわが家の庭を思い出す。

(タカじい)



タカじい
「出身は阿武隈高地、入身はいわき市」と思い定めているジャーナリスト。 ケツメイシの「ドライブ」と焼酎の「田苑」を愛し、江戸時代後期の俳諧研究と地ネギ(三春ネギ)のルーツ調べが趣味の団塊男です。週末には夏井川渓谷で家庭菜園と山菜・キノコ採りを楽しんでいます。
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