安倍晋三首相は、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への交渉参加を正式に表明した(2013年3月15日)。もとより、これは交渉参加であり、いわば「お見合い」するようなものなので「結婚」ではなく、政府の権限内の話だ。
通常であれば、どのような国際交渉でも参加しないことにはお話にならないので、断りなしで交渉参加している。しかし、今回のTPPは国民の関心が高いので、慎重に手順を進めてきた。
メリットがデメリットを上回る
TPP交渉の実務者会合は、3月、5月、9月に開催される。今、交渉参加表明しても、実は米国には「90日ルール」があり、新しい国の参加の90日前までに議会に通知する必要があるが、5月の会合に参加できるかどうかギリギリのところだ。今年10月に予定されているTPP交渉妥結(APECバリ会合)まで、せいぜいあと2回しか参加できない。この意味で、民主党政権の時に交渉参加できなかったことは、政治的に重い。
とはいえ、それでも交渉参加したほうがいい。その理由は、自由貿易の恩恵だ。これは経済学の歴史200年間でもっとも確実な理論だ。ただ率直にいえば、自由貿易でメリットを受ける輸出(関係)者、消費者がいる一方で、デメリットになるのが輸入品と競合する国内生産者だ。自由貿易の恩恵というのは、このメリットがデメリットを上回るということだ。
この具体的な数字がほしいところだが、政府は「10年間で3兆円」と説明してきた。ところが、この数字の丁寧な解釈がなかった。しかも、マスコミは、この正確な意味を理解せずに、「10年間累積で3兆円」との誤解を広めている。そのため、マスコミ情報を鵜呑みにしている経済評論家も、10年間累積で3兆円なので、年間3000億円にすぎず反対とわけのわからないことをいっている。ちなみに、年間3000億円でもとても大きな数字だ。
不利益受ける人への「移転」
実はこうした計算はTPP前の状態とTPPを実施して輸入量が増え国内生産者が減少するという調整を経た後の状態を比較する、経済学で比較静学といわれるものだ。だから、10年間累積の数字は、こうした計算を行うプロから見てあり得ない話だ。
筆者なりにメリットとデメリットを考えると、それぞれ6兆円と3兆円で、その差額が3兆円になる。しかもこれは、それぞれ10年後と今とを比較した数字だ。それが10年後からズーと続く。もちろん初めの10年間では事情が違うが、一定の仮定をおけば累積で15兆円。その後の10年間では累積で30兆円。その後の10年間も累積で30兆円、TPPを実施しなかったときに比べてGDPが増える。
この3兆円というのは主に関税関係だけだ。非関税措置は定量化が難しいが、理論的にはメリットとデメリットのネット差額は3兆円より大きくなる。
TPPで不利益を受ける人は必ずいる。そうした人に損をさせないように最大3兆円の所得移転をしても、国全体では3兆円のメリットがあるというのが、自由貿易なのだ。もちろん最大3兆円の所得移転をどうスムーズに進めるかは政治、国の仕事である。不利益者や一部政治家は交渉参加に反対しているが、そのうち所得移転で矛先を収めていくだろう。