原発再稼働の有力な根拠としてしばしば議論されるのが、「増える電力需要に対応できなくなる。足らなくなる」という点だ。2011年と12年の夏は節電の努力で乗り切ったが、13年以降も再稼働なしで大丈夫なのか。原発や化石燃料で発電していた分を太陽光や風力で代替することは現実的なのか。
「再生可能エネルギー」(renewable energy)という訳語を日本に初めて持ち込んだことでも知られる、システム技術研究所の槌屋治紀所長に聞いた。
ベストミックスの基準が分からないままに「原子力が必要」
―― 槌屋さんは、「再生可能エネルギー」という用語を初めて日本に紹介したことでも知られています。
槌屋 1979年に「ソフト・エネルギー・パス」という本を翻訳(共著)したのですが、その中の「renewable energy」を最初は「自然エネルギー」と訳した。ところが「石炭や石油も自然」だという反論があるので、直訳せざるを得なかった。「あんまりいい言葉ではないな」と思いつつ、広まってしまいました。natural というのは「天然資源」「天然エネルギー」というニュアンスに近いんですね。法律の名前(電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法、いわゆる再生可能エネルギー特別措置法)になって、びっくりしましたね。
――ですが、それから30年以上たっても再生可能エネルギーはメジャーだとは言えません。火力、水力、原子力をバランス良く組み合わせる「ベストミックス」という考え方が主流のように思えます。
槌屋 システム工学では「最適化」いう考え方があります。色々な要素を総合的に見て、全体の評価関数を最大にするものを最適化と言います。ですが、この「ベストミックス」と言った場合、その「最適」の基準が何ら明確化されていません。何がベストかを言わずに「ベストミックス」と呼んでいるに過ぎません。基準が分からないままに「原子力が必要」という議論が行われています。
――ですが、原子力を活用しないと、電力需要をまかなえないのではありませんか。
槌屋 経済面を考えた場合の基準として、(1)ここ数年にかかる電力費用を最小にすることなのか(2)10~20年のスパンで費用を最小化するのか、ということで、まるで違ってくると思います。ここ2~3年であれば「危ないけれど原発を再稼働せざるをえない」と考える人もいるかも知れません。ですが、また地震や津波が来るリスクや使用済み燃料の処理を考えると、どんどんコストが増えてくる。また、10~20年のスパンで言えば、使用済み燃料処理の問題が、さらに大きくなります。「ベストミックス」の基準を仮に「費用」に置いたとしても、原発を動かすことは経済的にも合理性はありません。
原発を再稼働せずに電力需要はまかなえる
―― 短期的に見ても、原発を再稼働せずに電力需要はまかなえるのですか?
槌屋 動かさずに済む方法は沢山あります。ビルでも家庭でも、効率の良い機器を普及させることで電力使用量は半分ぐらいに下げることができます。家庭用にLEDを配布するとか、新しい効率の高い冷蔵庫を買うのにインセンティブ(補助金などの動機づけ)をつけるとか…。
最近のゼネコンが建設するビルは、エネルギー消費量が従来の半分~3分の1にまで減少しています。技術があるのは分かっている訳ですから、それが普及するように法整備などの手を打つことが必要です。
―― 震災後2回も、消費電力が増える夏のシーズンを経験して、「節電はもう限界」という実感を持っている人も多いのではありませんか。
槌屋 「乾いたぞうきん」説は、嘘ですね。国際的に見て、日本は産業部門では効率化が進んでいますが、家庭用やビルは決してそうではない。照明、電気冷蔵庫、エアコン、PC、沢山あります。省エネで電力消費量を減らして、太陽光や風力を増やしていけばいい。
―― この2年間で、「メガソーラー」(大規模太陽光発電所)という言葉が注目されるようになりました。
槌屋 太陽光は、この1年間で非常に増えています。太陽光発電協会の発表によると、12年10~12月の太陽電池の国内出荷量は前年同期比2.5倍の100万3200キロワット。前四半期にあたる12年7~9月期と比べても60%増えています。年率換算すると400万キロワット。これは、12年7月に再生可能エネルギーでつくった電力を固定価格で全量買い取る制度が始まったことが背景にありますが、技術の進歩を加味すると、1年間に5~600万キロワットはいけるのではないでしょうか。日本では、風力は300万キロワットぐらいしかありませんが、これも同様に3~4年でぐんぐん増やす。産業の育成にもなるし、地域活性化にもつながります。それぞれの地域にもお金が落ちます。道路建設の代わりの公共事業としても有効だと思います。
大量生産によるスケールメリットで、コストは下がる
―― 電気事業連合会のまとめによると、11年度の電源別発電電力量構成に占める「地熱及び新エネルギー」の割合は、わずか1.4%です。これを、どのようにして引き上げるのでしょうか。
槌屋 それには色々な考え方があります。世界自然保護基金(WWF)インターナショナルは2050年までに、世界の全てのエネルギーを再生可能エネルギーで代替することを提唱しています。私はWWFジャパンの依頼を受けて、日本のシナリオを作りました。鉄鋼業の扱いなどいくつか難しいところがありますが、日本でも100%の供給可能性があります。スタンフォード大学のマーク・ジェイコブソン教授は、2030年までに100%再生可能エネルギーで代替可能だという研究を発表しています。このような研究は増えてきています。私は80年代に、人類が食料を狩猟していた状態から、地上の耕作に移ったのと同じようなことがエネルギーでも起こることを「エネルギー耕作型文明」と呼んで、そのような著作を発表しました。長期的には、そうならざるを得ません。地下にあるものを掘ってくるというのはいつか枯渇します。
―― そうは言っても、いわゆる新エネルギーは火力や原子力に比べてコスト高だと指摘する声もあります。
槌屋 大量生産によるスケールメリットで、コストは下がっていきます。地域によっては、太陽光の発電コストは電力会社から電気を買うのと同様の水準に近づいています。過去のデータでは、太陽光は学習曲線に乗って、累積生産量が2倍になるとコストが2割下がっています。一時的に電力コストが上昇するのは確かですが、今後化石燃料の価格は上がっていくので、今のうちから取り組みを進めておくのが賢明です。
太陽光と風力をうまく組み合わせ変動に対応
―― 太陽光や風力は、天候に左右され、安定供給に疑問もあります。
槌屋 スマートグリッドのように需要をコントロールする方法が開発されていますし、供給の側も調整可能です。例えば太陽光は昼間に発電する一方、風力はどの時間もおなじくらい吹いている。年ベースで見ると、太陽光は4~10月に多く発電するが、風力は、冬は多く夏は少ない。太陽と風力をうまく組み合わせた上で、揚水発電やバッテリーで調整すれば、うまく変動に対応することが可能なことがシミュレーションをするとわかります。再生可能エネルギーの割合が低い2020~30年代までは、揚水発電だけで対応可能だと思います。高性能なバッテリーはそれまでに開発できれば良いと考えています。
―― 安価なシェールガスが「エネルギー革命」だとして注目を浴びています。再生可能エネルギーの普及にブレーキをかけるのではないですか。
槌屋 「シェールガスは安い」と言いますが、過剰宣伝が行われている可能性もあります。90年代の英国・北海油田で似たことが起きています。当時は「これで英国も石油輸出国になる」と言われたものですが、それから15~20年が経って、もう枯渇してきている。今となっては、北海では風力と波力のプロジェクトが大々的に展開されています。米国でも、この状況が何年続くか疑問です。石油やガス田の「残りかす」を弁当箱の隅をつつくようにして取り出す、最後の悪あがきのようなものですね。採掘の際は、地下2000~3000メートルに、摩擦を減らすための化学物質を含んだ水を注入します。地下水にどういう影響があるか心配です。地震を誘発すると懸念する専門家もいます。サステナブル社会への移行は、化石燃料への依存を減らしてゆくことですから、寄り道になり歓迎しませんね。
槌屋治紀さん プロフィール
つちや・はるき 1943年千葉県生まれ。東京大学工学部機械工学科卒業、同大学院博士課程修了。工学博士。79年システム技術研究所を設立。エネルギー・資源分析、情報科学の手法を使って持続可能な社会への道筋を提案。政府のエネルギー政策、地球温暖化に関する各種委員会の委員を務める。