世界保健機関(WHO)が、東京電力福島第1原発の事故による健康への影響に関する評価報告書をまとめた。原発周辺地域に住む一般市民が、放射能漏れにより健康被害を受けたのか、独自の基準を用いて算出している。
発がんリスクについて触れられているが、国内外のメディアの伝え方は「影響少ない」「リスク増加する」と揺れている。報告書はどう書かれているのか。
「原発事故後4か月は避難しなかった」と仮定
「がん患者増 可能性低い」(2013年3月1日読売新聞朝刊)
「一部乳児 がんリスク増」(同・朝日新聞朝刊)
WHOが2月28日に公表した報告書を巡って、主要紙の見出しは分かれた。海外紙を見ても、米ニューヨークタイムズは「健康への影響少ない」、ウォールストリートジャーナルは「発がんリスクはわずか」とした一方、ロイター通信は「リスク増加」と、やはりまちまちだ。
報告書の英語版を読んでみた。冒頭の「要旨」では、福島県内外で放射能の影響を受けたと見られる地域において「予測されるリスクは低く、がんが目立って増加することもない」とした。福島県内の放射能レベルが極めて低いため、健康に多大な害を与える恐れも考えられないという。
一方で、県内で事故後1年間の放射能レベルが最も高かった地域は、「発がんリスクが上昇する可能性がある」という。生涯でがんを患うリスクと比較して、男女の乳児では白血病が約7%増、また女児で乳がん約6%増、甲状腺がんが約70%増となるそうだ。ただし、もともと女性が甲状腺がんを患う確率は「わずか1%の4分の3程度」と強調。「最も放射能の影響を受けた地域」では、これに0.5%が加わるとしている。
具体的な評価方法は第4章に書かれていた。実は調査にあたり、WHOが独自に前提条件を定めていた。「評価は現実的な内容を追求したが、調査期間中に入手できたデータに限りがあったため、放射線量の過小評価を避けるために数点の『控えめ』な見方を付けた」と書かれている。例えば食料品について「福島県の住民は現地で生産されたものだけを食べ続けた」と仮定している。だが原発事故後は、政府が食品衛生法の暫定基準値を超える放射性物質が検出された食料品に出荷停止や出荷制限を命令していた。さらに原発から半径20キロ圏内を「警戒区域」、30キロ圏内を「計画的避難区域」として住民の立ち入りを制限していたが、調査では事故後4か月間は住民が避難してなかったとみなして進められた。
WHO「リスクは過小評価するよりも、過大評価した方がよい」
第5章には、福島県内外の調査地点における一般住民の発がんリスクが一覧表となって掲載されていた。1歳の乳児、10歳の子ども、20歳の成人と3つの区分で、それぞれ男女について数値が記してある。
国内で、1歳女児が生涯で甲状腺がんにかかるリスク値は0.77%。これを上回る「追加リスク」が発生する場所で最も値が高かったのは、福島県浪江町となっている。1歳の女児では0.524%アップするというのだ。同様に、白血病は0.027%、乳がん0.357%、大腸がんのような「固形がん」は1.113%が「追加リスク」となっている。飯館村も、1歳女児の甲状腺がんリスクが0.317%増と2番目に高い数値が出されていた。
結果だけを見れば「発がんリスク増」となるだろうが、第4章で説明された評価にあたっての「前提条件」が非現実的だとの批判は少なくない。原発事故後、避難命令をはねのけて現地に住み続け、放射能で汚染された食料をずっと口にしていた住民がいるとは考えられない。乳児であれば、なおさらだろう。この点はWHO側も認めているが、会見では「リスクは過小評価するよりも、過大評価した方がよいと考えた」と弁解している。
だが、国際機関から「発がんリスクが高まる」と名前を出された自治体はたまらない。飯館村の菅野典雄村長は2月28日放送の「ニュースウォッチ9」(NHK)の中で、WHOと報告書に関して「まったく仮定の話で、特定地域の名前を挙げて言うのはいかがなものか。われわれの大変な思いを逆なでするような発表」と不快感をあらわにした。