大阪市立桜宮高バスケットボール部員の自殺をきっかけにした体罰指導の問題は、国内トップの女子柔道チームでもその存在が発覚し、海外メディアも関心を寄せる事態となっている。
一方、桜宮高校と女子柔道に挟まれるタイミングで表面化した高校駅伝の強豪・愛知県立豊川工業高陸上部の体罰問題は、今どうなっているのか。改めて検証すると、三つの事案は「危機管理能力の欠如」「隠蔽体質」を共通のキーワードにした見事なまでの相似形を描いているのだ。
陸上部での現場復帰を求める署名運動
「体罰があったことをお詫びしたい。大変申し訳ない」。
陸上部監督の男性教諭A氏(50)による体罰発覚から4日後の2013年1月30日夜、同校体育館で開かれた臨時保護者会。陸上部員計32人の保護者ら191人を前に竹本禎久校長は深々と頭を下げたという。
非公開とされた臨時保護者会の開催時間は約30分。保護者の男性が「生徒第一で指導や教育に当たってほしい」と要望したのに対し、校長は「二度とないように生徒中心に取り組んでいく」「教員と保護者の皆様が団結して生徒を成長させていきたい」と語ったという。
豊川工業高の体罰問題を振り返ると、A教諭は12年7月、男子部員を平手打ちして鼓膜に怪我を負わせ、部員は2ヵ月後に転校した。同年10月には女子部員の頬を叩いて部員は退学を余儀なくされた。このほか生徒を叩いたり蹴るなどして先の2件を含む計12件の体罰を12年度中に繰り返していたことが明らかになっている。
さらにマスコミの追跡取材では、09年1年に保護者から体罰の指摘を受け、A教諭は「体罰は二度としない」という内容の誓約書を学校側に出していた。半年後の同年7月にはデッキブラシで部員に頭を縫うほどの怪我を負わせ、県教委から文書訓告処分を受けていたことも発覚した。
新聞報道によると、男女計32人の保護者は「このままでは子供を任せることが不安」という声と、「子供はA先生がいる豊川工業高に進学したのだから、A先生を指導の場に戻して欲しい」という意見の二つに分かれているという。一方、同校陸上部OBの親ら5人は「A先生の指導で子供は人間的に成長できた」として、現在は陸上部の指導から離れているA氏の復帰を求める署名活動を始めたという。
学校側、2件体罰を県教委に報告せず
「豊川工業高の陸上部でも大阪・桜宮高のような体罰が行われている」
豊川工業高陸上部の体罰問題が表面したきっかけは、1月11日に愛知県教委に寄せられた複数の内部告発情報だった。同校はA教諭への聞き取りや陸上部員へのアンケート結果をもとに体罰の事実を県教委に報告し、その内容を地元マスコミがキャッチしたことから全国ニュースに発展した。
だが、そもそも同校は12年7月と10月に2人の陸上部員が転校や退学に追い込まれるまでの体罰を受けたことを把握しながら、県教委の「体罰報告義務規程」を無視する形で握りつぶしていたのだ。さらに09年1月に保護者に体罰を指摘された際、学校側は「ほかにも複数の部員が体罰を受けている」という情報を耳にしながら生徒への聞き取り調査にすら着手しなかったという。
12年の体罰2件を報告しなかったことについて、豊川工業高は「体罰を受けた生徒と保護者の希望」とし、「自分たちが原因で陸上部が大会に出場できなくなるのは本意ではないと言っていた」と話す。都合の良すぎる釈明は果たして本当なのか。
A教諭を巡っては、桜宮高のバスケ部顧問と同様、同じ学校での勤務期間が長期に及んでいた。豊川工業高に着任以来、1993年から異動がなく約20年間にわたり陸上部を指導し、2011年まで14年連続で男子チームを全国高校駅伝に導いた。04年の大会では準優勝にも輝いている。
中学・高校の校長を務めた経験を持つ教育ジャーナリストの野原明氏は中日新聞にこんな内容のコメントをしている。「私の校長経験から言えば、強い部活動の顧問は発言力が強くなり、良くないと分かっていても周りの教員が口を出せなくなる。長年学校にとどまっている教員に対してはなおさらです」
同校や県教委によると、A教諭に対する処分時期は未定で、今後の詳しい調査を経た後になる。体罰問題が発覚して以来、陸上部の指導はA教諭を除いた4人の顧問教諭が当たっており、2月3日に催される「名岐駅伝」には予定通り出場する。
だが、指導者がいなくなったことで2年生の中には精神面で不安定になっている部員もおり、同校はスクールカウンセラーを増員して心のケアに当たっているという。「A教諭の指導を受けたくて豊川工業高に来たのに、今は通学する意味を見出せない」という部員も少なくなく、同校は対応に苦慮している。