2012年の日本の自動車業界は、国内経済の低迷に加えて、欧州の債務危機による世界不況や尖閣問題で顕在化したチャイナ・リスクの影響などで、一時は急速に業績を悪化した。とりわけ巨大市場の中国では、反日デモの暴徒に日本車が次々と襲撃され、しばらく日本車の販売が難しいのではないかと思わせるほど将来への不安感が高まった。
しかしながら、各社は秋以降、じわじわと業績を回復。トヨタ自動車は販売台数を伸ばして2年ぶりの「世界一」が見えてきた。日産自動車やホンダも復調しつつあり、全体として明るさが見えてきたようでもある。自動車産業はすそ野の広い関連業界を抱えているだけに、その業績の動向はストレートに日本経済全体に反映する。
自動車業界の「2013年」はどうなるのか。BNPパリバ証券で自動車セクターを担当するシニアアナリスト、杉本浩一氏に聞いた。
1ドル90円台なら、多くのクルマが黒字転換する
―― 自動車業界にとって、2012年は円高や中国での大規模な反日デモの影響など、「逆風」の1年だったように思います。
杉本 そうですね。円高と自由貿易協定(TPP)への対応の遅れ、原発事故後のエネルギー政策、厳しい温暖化対策、高い法人税と社会保障費の分担、厳しい労働規制の「6重苦」のなか、東日本大震災やタイの洪水の影響が残り、円高もなお厳しい。さらに欧州危機や中国問題と予断の許さない状況にあります。ただ、そんな中で自動車業界の経営環境はずいぶん改善しました。
中国市場は客足が戻ってきましたし、北米の新車販売も好調です。とくに米国では低金利を背景に、自動車ローンの金利が下がり消費者の購買意欲を刺激しています。古いクルマの買い替え需要などもあり、好調に推移しています。
2012年の米国市場は2007年以来5年ぶりに1400万台を超えそうですし、2013年は1500万台に乗りそうです。
―― 現在の為替レートは83円前後です。円高の影響はどのようにみていますか。
杉本 近年、円高の影響は日本の自動車業界にとっては大変厳しいものがありました。トヨタ、ホンダ、日産の大手3社で、この5年間に営業利益ベースで約3兆円を失っています。あのまま1ドル75円~80円で推移すると、自動車業界は壊滅的な状況になるところでした。
それでも、自動車業界はよく頑張っています。減損処理や繰り延べ税金資産を取り崩したり、生産工程や部品製品の流れを見直したり、さらには人員削減と、やれることはすべてやって、なんとか生き残ったといってもいいかもしれません。
―― 円相場はどのくらいの水準であればいいのでしょう。
杉本 せめて85円近辺で落ち着いていてほしいといったところでしょう。そうなれば、V字回復のペースに弾みがついてくると思います。90円台に乗れば、多くの車両が黒字に転換する水準になりますから、そこまで戻ればいいのですが。
―― 国内販売はエコカー減税の終了後、苦戦しています。
杉本 減税の恩典が大きかったことは確かです。いま、低価格で燃費性能のよい小型車や軽自動車に消費者ニーズがシフトしていますが、やはりリーズナブルな点が評価されています。最近の新車販売動向をみても、小型車や軽自動車が上位を占めていて、当面は小型車や軽自動車の人気は続くと考えられます。
トヨタはタイで儲けている!
―― 中国問題はどのようにみていますか。
杉本 たとえば日産自動車が中国市場で販売する車両のエンブレムを、ルノーに換えて売ろうか、などという話が実しやかにいわれていましたし、反日デモ以降の中国市場は10月に、トヨタの販売が44%減、ホンダが54%減、日産が41%減と散々でした。
一方で、欧米や韓国、中国のクルマが販売を伸ばしたことも、事実ありました。なかでもトヨタ車は日本の製造業の「顔」であり、目の敵にされたところがありましたが、それでもやはり品質のよさとブランド力で、日本車にかなわないことがわかってきました。
中国の消費者は(政治と経済を)しっかり分けて考えています。販売はかなり回復しつつあり、最悪期は脱しました。2013年は、12年ほどの日本車離れはないと思います。
―― とはいえ、国内市場がしぼむなか、メーカーは海外市場に活路を見いだすしかありません。
杉本 そこです。ポイントは東南アジアにあります。たとえば、意外に思われるかもしれませんが、いまトヨタが世界市場で収益を押し上げているのはタイなどで売れているピックアップトラック(大型以外のトラック)です。
タイはピックアップトラックの生産国であり、輸出国で、トヨタはそこで高いシェアをもっています。これが同社の収益改善に大いに役立ち、いまや利益の柱になっています。
明るさが戻ってきた北米市場とともに、引き続き東南アジアが成長のカギを握っていることは間違いありません。
―― 自動車業界の2013年のキーワードはなんでしょう。
杉本 まずは「円安」です。円安が進行すれば、採算性が大きく改善しますし、どの車種も黒字に転換できます。万一の災害や多少のトラブルが起こっても、そのリスクをカバーすることができる。それだけ、円安への期待は大きいのです。
ただ、わたしが最も注目しているのは「キャッシュフローの配分」です。2013年は円安による利益拡大などが見込めるなか、先々を見通し、手元資金をどう使っていくのかが問われてきます。設備投資に充てるのか、マーケティングや販売促進費用を増やすのか、自社株買いや配当の引き上げなど株主への利益配分も重要です。そして雇用への投資です。こうした経営判断にあたり、将来を見通す力が試される1年になるのだと思います。
おそらく、13年後半には大きな転換点を迎えるのではないでしょうか。
杉本 浩一(シニアアナリスト)
すぎもと・こういち 京都大学を卒業後、1994年に野村総合研究所に入社。自動車部品、米国自動車、自動車各セクターを野村證券金融経済研究所、米国野村證券などで担当する。その後2006年にメリルリンチ日本証券の自動車担当のディレクター・シニアアナリストとして勤務。2011年5月にBNPパリバ証券入社。自動車アナリストの経験は通算17年を超える。
投資情報のInstitutional Investors誌ランキングでは、自動車部品部門で1999年と2000年に1位。自動車部門2011年4位。