金融庁が、これまで銀行に限られていた公的資金の対象を広げ、経営危機に陥った証券会社や保険会社にも注入できるようにする方針を打ち出した。
銀行、証券、保険にまたがる複雑な金融取引が国境を越えて広がる中で、証券や保険の突発的な破綻が銀行を含む金融システムを混乱させるリスクがある――2008年秋のリーマン・ショックの際のような世界的な金融危機の再発を防ぐ狙いだ。年内をめどに最終案をまとめ、早ければ来年の通常国会に関連法案を提出し、2014年からの実施を目指す。
「市場の混乱回避に不可欠」と判断した場合に発動
金融庁が2012年11月12日の金融審議会(首相の諮問機関)で示した原案によると、証券・保険への公的資金投入は、首相を議長とする政府の金融危機対応会議が「市場の混乱回避に不可欠」と判断した場合に発動する。証券・保険が債務超過でない場合は、預金保険機構が日銀の特別融資(日銀特融)と同様に無担保の資金供給を行うほか、必要なら公的資金による資本増強も実施。経営危機に陥った証券・保険に金融取引に伴う支払い停止を起こさせないことで、他の金融機関の連鎖破綻を防ぐ。
証券・保険が債務超過の場合は預保機構が経営権を取得し、デリバティブ(金融派生商品)などの取引を承継金融機関などに移し、公的資金で援助しながら取引の清算を進める。預保機構は、政府保証などで必要な資金を調達。投入した公的資金が国民負担になるのを避けるため、証券・保険の資産などを売却しても損失が生じる場合は金融業界全体が事後負担で損失分を賄う仕組みとする――というものだ。
証券・保険もデリバティブなどを通じて銀行と密接につながっている
そもそも公的資金注入は、銀行や信金などが破綻すると、代金支払いなどの決済機能がまひし、国民生活に重大な影響を及ぼすことから発動できるというのが大原則。2003年のりそなホールディングスの救済では、2兆円近い公的資金が投じられた。これに対し証券・保険は、決済機能がないことから対象外とされてきた。しかし、実態としてはデリバティブなどの取引を通じて銀行と密接につながっていて、市場を通じて危機が広がる恐れがある。2008年秋に米大手証券リーマン・ブラザーズがつぶれた際、デリバティブの価格が急落して市場が大混乱し、米保険大手のアメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)をはじめ名だたる大銀行や保険会社が経営危機に陥り、危機は世界に連鎖した。
この反省から、20カ国・地域(G20)は昨年秋、「秩序ある破綻」に向けた安全網の構築で合意し、日本も対応を迫られていた。金融庁の今回の提案は、これに応えるものだ。
注入対象は「金融システム上、重要な金融機関」
だが、公的資金注入は、一つ間違えればモラルハザードを招くし、金融行政への信認も揺るがしかねない。米国では、リーマン・ショック後のAIGへの多額の公的支援の結果、政策当局への信頼感が低下するというマイナス面が強く意識され、2010年7月成立した金融規制改革法(ドッド・フランク法)では、どれほど重要・複雑な金融機関であっても、秩序だって破綻させ、公的資金を使って救済しないことを法制化している(預金保険機構「預金保険研究」第14号=2012年5月発行)。
11月12日の金融審で、金融庁の森本学・総務企画局長は「救済目的の資本注入にはしない」と強調したが、債務超過でなくても預保機構が経営権をもつ場合があるので、「政府が資本注入して持った株式が紙切れになるのを避けようとし、破綻処理に踏み切りにくくなる恐れがある」(金融論の学者)との指摘が出ている。
注入の対象とする「金融システム上、重要な金融機関」をどう線引きするのかという問題もある。金融庁案は対象を「金融業全体」としており、ノンバンクのほか、ヘッジファンドのようにリスクをとって大もうけを目論む者も含まれることになり、歯止めがきかなくなるとの懸念はぬぐえない。
さらに、綻処理で生じた損失は金融業界全体に事後的に負担させるといっても、証券・保険という「他業界」の処理コストを負わされることには、銀行から早くも強い反発が出ており、調整は難航しそうだ。